「焼肉ドラゴン」鄭義信著
ホルモン焼きの「ホルモン」が、もともと食べずに捨てていた豚や牛の内臓、つまり「捨てるもの」を意味する大阪弁の「放るもん」を語源とするというのは、どうやら俗説らしい。
しかし、敗戦直後の食糧難の時期に手近なものを工夫して飢えを満たすというたくましさがうかがえる説ではある。
本書は、大阪のホルモン長屋と呼ばれる場所で焼き肉屋を営む小さな家族の物語。
【あらすじ】大阪万博を翌年に控えた1969年春。高度経済成長の流れからポツンと取り残されたような貧しい韓国人と貧しい日本人が肩を寄せ合って暮らす一角にある「焼肉ドラゴン」。主人の金田龍吉は戦争で片腕を失った在日韓国人。
四・三事件で故郷の済州島から子連れで逃げてきた英順と再婚し、国有地を不法占拠した土地に焼き肉屋を開業。今では、静花、梨花、美花の3姉妹と息子の時生の6人家族。次女の梨花は同じ在日韓国人の李哲男と結婚。ところが哲男は役所の人間と喧嘩して結婚届を破いてしまう。母も梨花も激怒するが、実は哲男は自分のせいで左足が不自由になったと負い目のある長女の静花に、いまだに思いを寄せていたのだ。
美花は美花で妻子ある日本人と不倫。おまけに時生は有名私立中学に入ったもののいじめを受け、3カ月前から失語症に陥っていた。さらに店自体も、不法占拠のため市から追い立てを食っている。
右を向いても左を向いても厄介事だらけ。それでも一家はたくましく生きていく……。
【読みどころ】むせ返るようなホルモンの煙が立ちこめ、飛行機の轟音が響く上空から桜の花びらが降ってきて、赤さびたトタン屋根を覆う。そんな50年前の大阪。次の万博からはどのような物語が生まれるのだろうか。
<石>(KADOKAWA 520円+税)