「村上龍料理小説集」村上龍著
ルイス・ブニュエルの映画「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」は、裕福な男女6人が繰り広げるシュールな物語で、そこでは食べる行為とエロティシズムとの密接なる関係が見事に活写されている。それは、「味わう」「食べる」といった言葉がそのまま性行為の描写にも使われることからもわかる。
料理小説集と銘打たれた本書もまた食欲と性欲とが錯綜するさまを描いた全32の掌編小説が収められている。
【あらすじ】主人公は30代半ばの映像作家。その彼が世界各地で出合った食と女性が描かれていく。
たとえば、ニューヨークの5番街にある「チャイナ・カフェ」という24時間営業のレストランでウエートレスをしていたアンという香港人。その店のメニューで引きつけられたのは生アサリのにんにくしょうゆ漬け。アンと2人でホテルに入ったときに頭に浮かぶのは、ヌルヌルとした巨大なアサリ――。
あるいはサンジェルマン・デ・プレ教会の向かいにあるカフェでスチュワーデスと生牡蠣を食べていると彼女が言う。「なんか全身が生牡蠣になったような感じ」と。所変わって、南太平洋のタヒチのライアテア島。大手商社の秘書と食べるのは、直径20センチの皿に山盛りとなったフカヒレ、アワビ、カニ、エビ、ウナギ。それら甲殻類や貝の軟らかな肉が彼女の歯で潰されていく甘美な音。思いは過去へと飛び、新宿十二社の小料理屋で年上の人妻と食べた山椒の実を混ぜたあぶり味噌の芳ばしい香り……。
【読みどころ】これでもかというくらい贅を凝らした料理や美女がふんだんに出てくる。本書が雑誌に連載されていたのは1986~88年。まさにバブルの真っただ中。そんなバブルの甘やかで空虚なかおりが漂ってくる。 <石>
(講談社 620円+税)