桜木紫乃(作家)
1月×日 仲野徹著「(あまり)病気をしない暮らし」(晶文社 1600円+税)を読んで肩こりと腰痛を忘れる。「読んで笑って医者いらず」の帯に違わず、関西話芸の呼吸を学べる1冊かもしれない。と思ったところで「おや? この芸どこかで」と思い至る。おお、ケーシー高峰だ。活字も面白いけど、教授には是非、ホワイトボードの傍らで脳みそがよじれそうな男女の話を面白おかしく語ってほしい。そういえば仲野教授、義太夫が趣味と「ドクターズマガジン」に書かれてあった。
1月×日 井上理津子著「いまどきの納骨堂」(小学館 1200円+税)。実家の父が畳1畳分もある仏壇を解体して焼却したと聞いたときの衝撃が、この本1冊で消滅。この世に残るもんは、生きて残った者の気持ちの落ち着けどころなんだと納得。父は「こんなものが残っていては、娘たちに面倒をかける」と言い切った。「案ずるな、死んだら何にもなくなる」。しかし「ときどき思い出せ」が本音かもしれない。墓も仏壇も始末して、彼が残すものは「納骨堂」だった。天気も雑草も心配のない納骨堂にはしかし、娘たちは入れぬという。ふと、北海道の血は別れの色をしている、と演歌な言葉を思いつく1日となる。
1月×日 進行中の原稿資料として、とにかくモロッコに関する写真集を買いあさっている。神田は遠いのでアマゾンへ。窓の外は雪原なのだが、毎日次から次へとモロッコの景色が届く暮らしはけっこう刺激的。野町和嘉写真集「モロッコ」(岩波書店 4200円+税)。渡部雄吉「MOROCCO―迷宮への道」(クレオ 5806円+税)。「伊藤英明写真集 MOROCCO」(講談社 2800円+税)。そして、開くまでその正体がまったくつかめなかった「モロッコの夢」(扶桑社4800円+税)はなんと松任谷由実写真集であった。奥付を見れば昭和60年とある。アタシ20歳。紅白のユーミンが眼裏を過ぎる。新しい元号になってもユーミンは変わらない。けれど、元号をふたつまたぐ今頃やっと、昭和の終わりを感じている筆者54歳。