「わが天幕焚き火人生」椎名誠著
電子書籍のような便利なものがまだなかった時代、海外で手に入る日本語の本は貴重だった。長旅の途中、ほかの日本人旅行者から譲ってもらったり、だれかが宿に置いていったりした本を貪るようにして読んだものだ。当時、海外で最もよく出合ったのが椎名誠さんの本だった。小説やエッセーなど多彩な著書を出されている人だが、紀行文も読み応えがある。
中でも特に印象深いのが、南米大陸南部のパタゴニア地方の旅行記だ。たまたま同地を旅している時に読んだせいもある。「椎名誠が泊まっていたのはこのホテルらしい」などと、現地ではまことしやかに噂になっていたりもした。
本書は単行本未収録のエッセーを集めた一冊だが、その冒頭を飾るのがそのパタゴニア旅行の「マゼラン海峡航海記」だ。1983年の話というから相当昔の話だが、今読んでも臨場感たっぷり。水兵が船酔いで倒れるほどの荒波の中でも、うまいと言いながらご飯を食べる椎名さんの豪胆さに恐れ入る。
一方で、書名にもなっている天幕=テントと焚き火の話はまさに椎名さんにとってライフワークと呼べるもの。キャンプを始めたのは中学生時で、その頃から仲間と焚き火を囲んでいたというから筋金入りだ。カナダの北極圏でキャンプした時には「テントの中に三百匹ぐらいの蚊が入り込んできた」とか、タクラマカン砂漠では「砂嵐で吹き飛ばされないようにテントに十人ずつ寝た」など、辺境でのキャンプならではの壮絶なエピソードが興味深い。
収録された短編は旅に絡むむ話に加え、「日常お茶碗靴枕的話題」も混在している。ロボット掃除機に振り回されたり、運転免許の高齢者講習を受けたり。いわば日常の近況報告のような内容をこれほど面白おかしく読ませてくれるのはさすがで、シーナワールド全開の一冊となっている。
(産業編集センター1100円+税)