「泥の銃弾(上・下)」 吉上亮著
2019年7月、東京オリンピックを1年後に控えた千駄ケ谷の新国立競技場で、東京都知事が狙撃される――という衝撃的な冒頭から、難民であふれる東京の混沌と、内戦で揺れるシリアの過酷な戦場を結ぶ迫力満点の物語がスタートする。
主人公は2人。まずは日本人ジャーナリストの天宮。大新聞社を辞め、ネット記事を書いている一匹狼だ。都知事狙撃事件の1年後に天宮に電話をかけてきたのは、謎の男アル・ブラク。狙撃事件の真相を知りたくないかと、彼は情報提供を申し出る。こうして2人の、都知事狙撃事件の裏にひそむ真相をあぶりだす探索行が始まるのだ。
東京オリンピックを見据えて難民の受け入れを決めた日本を舞台に展開するこの物語は、「アラブの春」から始まる中東国家の崩壊とシリアの分裂、それによって1000万人を超える難民が流出したリアルな現実を背景にして、日本の進むべき道をめぐる暗闘を巧みに、そして鮮烈に描いている。
特に、アル・ブラクの回想として物語に登場するシリアの戦闘シーンの迫力がすごい。こういうアクションシーンがきちんと描けていることは現代のエンターテインメントとして高く評価したい。メッセージだけの小説ではけっしてないのだ。
2013年にデビューした作家なので、まだ新人といっていいが、今後が楽しみな作家として注目していきたい。
(新潮社 上巻630円+税 下巻710円+税)