「緋い空の下で」(上・下)マーク・サリヴァン著、霜月桂訳
実話をもとにした第2次大戦秘話だ。舞台は1943年のイタリア。主人公は17歳の少年ピノ。物語の前半は、ナチスに追われて逃げるユダヤ人のアルプス越えを案内するピノの活躍を描きだす。これが大変なのである。
ドイツ軍の目を逃れるだけでなく、パルチザンをかたる強盗団からも身を守らなければならない。さらには、雪崩という自然の猛威もある。次々に起きるアクシデントをピノが機知と勇気でいかに克服していくかが前半のキモ。これだけでも十分に面白いが、もちろんこれだけではない。
後半の舞台はミラノ。イタリアを占領しているドイツ軍の高官ライヤーズの運転手になるのだ。ライヤーズ少将はナチスのナンバー2であるから、さまざまな情報が集まってくる。というわけで、物語の後半は、スパイとして活動するピノの物語になっていく。
本書がもし冒険小説なら、そしてスパイ小説なら、戦争が終結した段階で物語は終わっていただろう。そこで終わらないのがこの小説のキモだ。戦後の日々がなぜこの物語に必要であったのか。それは戦争に翻弄される人間のかたちを描くことがこの長編のテーマだからである。だから、ピノとその恋人アンナの「その後」を描いていく。
この小説が胸に残るのは、アルプスの興奮、ミラノにおける戦争の日々に続いて、戦後の混乱までもを克明に描いているからだ。だから強い印象を残して忘れ難い。 (扶桑社 各980円+税)