「妻の終活」坂井希久子著
一ノ瀬廉太郎はいつも威張っている。特に妻の杏子に対しては横暴だ。たとえば杏子が病院に一緒に行ってくれませんかと言っても、そんなに急に仕事を休めるわけがないだろ、と相手にしない。「仕事と言ったって、嘱託じゃありませんか」と妻が言うと、「仕事は仕事だ! ろくすっぽ働いたことのないおまえにはわからんだろう。バカにするな!」と怒りだすのだ。
廉太郎は70歳、杏子は2つ下。結婚して42年の夫婦である。2人の娘は家を出ているが、横暴な父に対してずっと批判的だが、この男はまったく気にしていない。
ところが、妻の杏子が余命1年を宣告されるのである。それまで家事のことなど何もしたことがないので、私が死んだら大丈夫だろうかと杏子は心配する。そこで洗濯機の使い方など、ひとつずつ教えようとするのだが、頑迷で超保守的で、自分勝手な廉太郎は、習得するのに時間がかかって、なかなか前に進まない。それに、妻が余命1年と宣告されたことにショックを受けたものの、そこまでの長い人生で培ってきた考え方(つまり、男は家事なんてするもんじゃないという考え方だ)を、そう簡単には変更できない。妻への感謝の気持ちはあるのだが、それもうまく伝えられない。大丈夫か廉太郎。
なんだか他人事のような気がしない。息をのむようにその後の展開を見守るのである。老年男性は必読の書だ。
(祥伝社 1400円+税)