「土に贖う」河﨑秋子著
特異な作品集だ。舞台は北海道の札幌、根室、北見、江別。時代は明治から昭和まで。登場するのは、一度は栄えながらも衰退した産業に携わる人間たちだ。
たとえば表題作は、レンガを生産する工場で働く人間を描く短編である。札幌近郊の江別町、野幌地区では表面の土を削るだけで豊富な粘土がすぐに現れた。さらに豊かな森林にも恵まれていて、燃料の薪にも事欠かない。そして札幌にも近いので、レンガ生産の地として適していた。家畜飼料の貯蔵庫であるサイロの建材にもレンガは広く必要とされていたから、明治24年に最初のレンガ工場が造られたのを皮切りに、続々と工場が増えていった。実は令和の今でも、江別でレンガの製造は続けられている。しかし、一大産業であった昔に比べると、小さな物づくり用だ。
そういう時代の変化が背景にあるので、なんだか物悲しい。レンガ工場で働く者たちの毎日を克明に描いていくので、ささやかな労働の喜びと汗のにおいが行間から立ち上がってくるのだ。
なくなってしまったものもある。それがミンクの飼育だ。終戦直後に、道内各地で大小のミンクの生産業者が起業し、根室には当時東洋で最大といわれる大規模な業者もいたという。父親の家業を継いで、ひとりでミンクを生産していた青年は、どこへ行ったのだろう。読み終えると、それが気になってくる。
(集英社 1650円+税)