著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「ケイトが恐れるすべて」ピーター・スワンソン著、務台夏子訳

公開日: 更新日:

 通常のミステリーを読み慣れている人が本書を読むと、あれれっと思う。通常のミステリーとは、殺人事件が起きて、それを警察が調べるというミステリーである。本書はそういう小説ではない。

 殺人事件は冒頭に起きる。この長編はそこから始まっていく。しかし通常のミステリーのように、犯人捜しはなかなか始まらないのだ。では何が始まるのか。

 死体が発見されるのは、ボストンのコービンが住むアパートだ。またいとこのコービンと半年だけ部屋を交換して、ケイトがロンドンからやってきた翌日である。隣室から女性の死体が発見されて本書の幕が開く。

 そこから始まるのは、ケイトの過去である。このヒロインは何かにずっと怯えているのだが、なぜ怯えているのか、過去の出来事が克明に描かれていく。まず、これが読ませる。続けて、ロンドンに移ったコービンの過去も描かれるが、こちらも凄まじい日々で、どんどんこの物語に引きずり込まれていく。

 死んだ女性の向かいに住んでいた男とか、さらに知り合いとか、そういう怪しげな人物が次々に現れて、やがて混然一体となっていく。きわめつきは他人の部屋に入り込んでじっとしているやつで(こいつは住人の歯ブラシを口にくわえたりする!)、いやあ、薄気味悪いこと。気がつくとこの小説にどっぷりとつかっているのだ。特異な読書体験と言えるだろう。この秋、いちばんのおすすめだ。

 (東京創元社 1100円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    フジテレビ問題でヒアリングを拒否したタレントU氏の行動…局員B氏、中居正広氏と調査報告書に頻出

  2. 2

    “3悪人”呼ばわりされた佐々木恭子アナは第三者委調査で名誉回復? フジテレビ「新たな爆弾」とは

  3. 3

    「かなり時代錯誤な」と発言したフジ渡辺和洋アナに「どの口が!」の声 コンパニオンと職場で“ゲス不倫”の過去

  4. 4

    中居正広氏「性暴力認定」でも擁護するファンの倒錯…「アイドル依存」「推し活」の恐怖

  5. 5

    「よしもと中堅芸人」がオンカジ書類送検で大量離脱…“一番もったいない”と関係者が嘆く芸人は?

  1. 6

    菊間千乃氏はフジテレビ会見の翌日、2度も番組欠席のナゼ…第三者委調査でOB・OGアナも窮地

  2. 7

    入場まで2時間待ち!大阪万博テストランを視察した地元市議が惨状訴える…協会はメディア取材認めず

  3. 8

    米国で国産米が5キロ3000円で売られているナゾ…備蓄米放出後も店頭在庫は枯渇状態なのに

  4. 9

    うつ病で参議員を3カ月で辞職…水道橋博士さんが語るノンビリ銭湯生活と政治への関心

  5. 10

    巨人本拠地3連敗の裏に「頭脳流出」…投手陣が不安視していた開幕前からの懸念が現実に