話題の最新海外小説特集
「セロトニン」ミシェル・ウエルベック著 関口涼子訳
人は生まれる場所を選べない。たまたま生まれたその土地の気候・風土、その土地の歴史、その土地の価値観にとらわれて生きる。さまざまな土地に生まれて、出会った男と女を描く海外の小説を読んでみよう。
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フロラン=クロード・ラブルストは46歳だが、自分の人生をまったくコントロールできていない。以前はカミーユと一緒にアパートを購入したこともあったが、今は若くてセクシーで、名家の出の日本人のユズと付き合っている。彼女と付き合うためにはセロトニンの濃度が高い抗うつ剤が必要だが、その副作用のひとつに不能がある。2人はもう何カ月も寝室を別にしていた。
アルメリア空港でユズを待っていて、飛行機の到着の掲示が出た時、彼は駐車場に戻ろうとした。ユズは彼の住所を知らないから彼を捜すことはできない。ユズを乗せて高速を走っている時、防護柵が切れたところでハンドルを切るのをやめようとも思った。だが、彼は結局「脱出」のチャンスを逃した。
抗うつ剤に頼って生きている男が、自分が愛した女性のことを思い返しながら、愛とは何かを問う恋愛小説。
(河出書房新社 2400円+税)
「戦下の淡き光」マイケル・オンダーチェ著 田栗美奈子訳
1945年、ナサニエルは14歳、姉のレイチェルはもうじき16歳だった。父は1年間、シンガポールに単身赴任することになり、その間、父の同僚という男が3階に間借りすることになった。ずうたいはでかいが蛾のようにびくびくしているその男を、ナサニエルたちは「蛾」と呼んでいたが、レイチェルは彼が犯罪者ではないかと疑っていた。
母はドイツ軍の通信を傍受し、イギリス海峡の向こうに情報を送っていたのだが、その頃のナサニエルは気づかなかった。母は予定より早く父の元に向かい、姉弟は寄宿学校に入った。ナサニエルが学校から逃げ出して帰宅すると、「蛾」が見知らぬ人たちを家に連れ込んでいた。冬の終わりに、姉弟は地下室で母が持っていったはずのトランクを発見する。
戦時下のロンドンで、失踪した母の秘密を探るスリリングな長編小説。
(作品社 2600円+税)
「アウシュヴィッツのタトゥー係」ヘザー・モリス著 金原瑞人、笹山裕子訳
スロバキアに住んでいたラリは、トイレ代わりのバケツを載せた貨車でアウシュヴィッツに運ばれてきた。トイレに行った時、大便をしていた3人が、ほんの子供のような親衛隊員にライフルで撃ち殺されるのを見た。ぼくは生きてこの場所を出る、とラリは心に誓う。
ラリは発疹チフスにかかって死にかけ、死者を運ぶ荷車に乗せられたが、若い男が隙を見て引きずり下ろして助けてくれた。
それから囚人たちの看病を受けて助かったのだと、ペパンという男が話してくれた。ラリは囚人の腕に番号を入れるタトゥー係のペパンの手伝いをすることになり、女たちにタトゥーを入れ直すことになった。おびえた目をした娘の腕に、針で4562の番号を入れた。それがギタとの出会いだった。
アウシュヴィッツから生還した若い男と女のラブストーリー。
(双葉社 1700円+税)
「オーバーストーリー」リチャード・パワーズ著 木原善彦訳
5月に、ノルウェー系のヨルゲン・ホーエルは妻に求婚した時に着ていた服のポケットに入っていた栗を、アイオワ州西部の大草原の一角に埋めた――。いつか私の子供たちが幹を揺らし、この栗を落として食べるだろう。彼が死んだ時、その遺骸は栗の木の下に葬られた。彼の子孫は何代にもわたって栗の木の写真を撮り続けた。
その末裔であるニコラス・ホーエルはこの写真を引き継いだ。胴枯病が広がってアメリカ東部の栗の木が絶滅した時も、この栗の木は生き残った。
ニコラスは彫刻家になり、百貨店などで働いて生計を立てていたが、やがて、高速道路の出口近くの納屋でギャラリーを始める。そこにやってきたのが、自暴自棄の生活で感電死しそうになって助かったオリヴィアだった。
一本の栗の木のある平原を舞台に、木々の声を聞き取ろうとする人たちが紡ぎ出す壮大な物語。
(新潮社 4300円+税)
「終わりなき探求」パール・S・バック著 戸田章子訳
ランドルフ(ラン)・コルファックスは小学校に入る前に、「バージン」という言葉の意味がわからず、両親に質問して「処女降誕」の意味を理解した。
12歳で大学に合格したが、程なく父が死ぬ。父はランに「驚異はすべての知識の始まり」だから、「驚異を失うな」と言い残した。大学3年の時、心理学教授の、大抵の人は順応するが、生まれながらにして順応する以上の能力を持つ者がいるという言葉を聞いた瞬間、脳裏に光が差した。
後に、自分が孤独で自由でいることが必要だと気づき、大学に戻るのをやめた。ランはニューヨークやパリを旅するが、その中で中国人とアメリカ人のハーフ、ステファニー・コンと巡り合う。彼女は2つの文化に挟まれアイデンティティーの確立に悩んでいた。
40年間行方不明だったパール・バックの未発表の遺作。
(国書刊行会 2700円+税)