ページをめくる手が止まらない!?極上小説本特集
「犬」赤松利市著
秋も深まり、読書には最適の季節。今週は、読み始めたら止まらない徹夜必至の長編や、あのベストセラーのスピンオフなど、読書の醍醐味(だいごみ)がたっぷりと味わえる極上小説5冊を紹介する。
大阪・なんばの「座裏」でスナックを営む桜は、戸籍上は男だが、それに気づく客はほとんどいない。63歳になり、老いを痛切に感じる桜は、老後が不安でならない。店の看板「娘」の沙希のおかげで、助かってはいるが、それもいつまで続くか分からない。
そんなある夜、元恋人の安藤が店に現れた。二十数年前、安藤は桜を振って、あろうことか不動産屋の娘と結婚。手痛い仕打ちにあっても、安藤のことが忘れられなかった桜は、再び彼を受け入れてしまう。安藤は離婚して、今はFX投資で億の金を動かしているという。安藤を信じた桜は、大切な老後の資金を彼に託そうと決意するが、用意した金を沙希に持ち逃げされてしまう。
ホームレスから作家デビューを果たした著者が3人の男たちの「道行き」を描いた長編。
(徳間書店 1700円+税)
「三匹の子豚」真梨幸子著
落ち目の脚本家・亜樹が海外で有名な賞を受賞。再び脚光を浴びた亜樹が以前に書いたシナリオ「三匹の子豚」もドラマ化され大ヒットする。亜樹がプロデューサーの北上に持ち込んだときには、歯牙にもかけられなかった作品だ。ドラマには、亜樹が亡母から聞いた言葉がちりばめられている。亜樹の祖母は、母たち3姉妹に「だれが、一番立派な“煉瓦の家”をつくるかしらね」と言っていたらしい。
そんな亜樹に、某市役所から赤松三代子という女性の生活保護決定に伴う扶養義務の照会書類が届く。覚えがない名前だが、三代子は幼いときに生き別れた母の末妹だった。さらに、NPOの代表の菊村という女性が、三代子の件で亜樹に面会を求めてくる。
「イヤミス」(読者を嫌な気分にさせるミステリー小説)の女王の真骨頂。
(講談社 1600円+税)
「巡礼の家」天童荒太著
15歳の雛歩は、迷い込んだ旧遍路道で行き倒れてしまう。目を覚ますと、傷の手当てを終えて、布団に寝かされていた。雛歩の覚醒に気づいた看護婦見習のこまきが親切に面倒を見てくれる。他にもさまざまな人が部屋に出入りし、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。ここは、松山の道後温泉の町はずれにあるお遍路の宿「さぎのや」で、雛歩を助けてくれたのは女将の美燈だった。さぎのやは神代からの歴史を持ち、美燈は80代目の女将らしい。代々の女将は、帰る場所のない人、帰る場所に迷っている旅人たちをもてなし、いたわり、旅を続けられるように力づけてきた。美燈も雛歩から事情を聴きだそうともせず、やさしく接してくれる。
著者の故郷・道後温泉の魅力を織り込みながら描かれる魂の再生の物語。
(文藝春秋 1700円+税)
「祝祭と予感」恩田陸著
芳ケ江国際ピアノコンクール審査発表の3日後、亜夜とマサル、塵の3人は東京の霊園にいた。コンクール入賞者に特典として与えられるコンサートツアーもパリを残すのみで、久しぶりの休日。亜夜は、優勝したマサルを誘って、恩師・綿貫のお墓参りにきたのだが、なぜか塵もついてきたのだ。綿貫は、マサルがピアノを始めるきっかけをつくってくれた人だ。墓前でこれまでのことを亜夜とマサルが報告している間、塵は興味深そうに日本のお墓を眺めていた。亜夜は、彼も恩師のホフマンを失ってからまだ時間が経っていないことに気づく。(「祝祭と掃苔」)
その他、コンクールの審査員だったナサニエルと彼の元妻・三枝子の若き日の出会いを描く「獅子と芍薬」など全6編を収めた「蜜蜂と遠雷」のスピンオフ作品集。
(幻冬舎 1200円+税)
「欺す衆生」月村了衛著
悪辣な詐欺商法が社会問題化した横田商事の会長がマスコミの面前で惨殺された。現場に居合わせた社員の隠岐はショックを受ける一方で安堵していた。高待遇に引かれて入社した隠岐だが、詐欺と知りつつ客を欺すことに苦痛を感じていたからだ。
過去を隠し、文具会社のセールスマンとして働き始めた隠岐だが、成績は上がらず家族を養うのもやっと。
そんなある日、横田商事の同僚だった因幡から声をかけられ、断り切れずに、一緒に原野商法を始める。
2人は、余命わずかな県庁職員を仲間にして、架空の開発計画で投資家たちを欺し大儲けする。隠岐は人を欺す仕事は最低だと思いながらも、人を欺す快感を捨てられない。
やがて「業界」のトップへとのし上がっていく詐欺師を主人公に人間の業と欲を描く長編。
(新潮社 1900円+税)