「カニという道楽」広尾克子氏

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 カニがおいしい季節がやってきた。今や冬の味覚の代表格だが、実はカニがこれほどまでにもてはやされるようになったのは、そう古い話ではないらしい。

「関西人の私は若い頃から毎年、福井などにカニを食べにいっていたのですが、数年前、たまたま浜で漁師さんと話をする機会があったんですね。それで『カニって昔から捕ってたんですか』と何げなく聞いたら、『まさか』と。何と昭和30年代以前は、あのズワイガニが畑の肥やしだったんです。びっくりしましたが、がぜん興味が湧いて取材を始め、さらにしっかりカニを調べるために大学院にも入ってしまいました」

 本書は、冬のごちそう“カニ”がどのような経緯で広まっていったのかを掘り起こした一冊。関係者へのインタビューをはじめ、カニを巡る東西の違い、流通などさまざまな角度から描き出すカニの文化史でもある。

 ちなみに関西でカニといえばズワイガニ、東日本では毛ガニやタラバガニを指す。

「ズワイガニの別名は松葉ガニ、あるいは越前ガニ。茹でると赤色に発色し、なんとも上品な甘味なんです。以前、東京の友人に『焼きガニの最高はタラバ』と鼻高々に言われ、『タラバはヤドカリの仲間』との言葉をぐっとのみ込んだことがありました(笑い)」

 カニが現在に至るメジャーな道を歩みだしたのは、1960年代のこと。それまでは山陰などカニの産地に暮らす人は別として、都市に住む人がカニを食べるとすればカニ缶かメスガニ。生のオスガニを見ることも食べる機会もなかったという。

「きっかけは、カニ料理専門店『かに道楽』なくしては語れません。創業者の今津芳雄は、カニが水揚げされる津居山漁港近くの出身で、旅館の宿泊客が茹でカニに感動し、土産に持ち帰りたがったことに商機を見たんですね。それで、前身となる海鮮食堂を経て、昭和37年に大阪・ミナミの繁華街・道頓堀に店をオープン。巨大なカニの看板も手伝ってか次々と客が訪れ、初めて殻つきの“本物のカニ”、『カニすき』がたちまち評判に。そんなことから関西を中心にカニが広まっていったんです」

 カニすきとは、だしに味がついた鍋=「すき」のことで、薬味をつけず食べる。創業者の考案で、日本海の漁師たちの料理「沖すき」をヒントに板前が生み出したそうだ。

「産地では、大きなカニは近所に行商に、小さいものは子どものおやつか缶詰にした、と誰に聞いても同じ答えでしたね。ご飯のおかずにするには物足りなく、また輸送技術もありませんでしたから、その程度の扱いだったんです」

 食べ方も茹でがメインで、十分なうまさだったが、大阪での人気を耳にした産地では、「え、カニが人気?」と商品価値に気付き、カニ料理を出す民宿が増えていった。

 丹後ちりめんで知られる京都の間人は京都西陣の旦那衆によって広がり、福井の越前は作家の開高健が絶賛。今でも「開高丼」なるものが存在するという。兵庫の香住も人気だ。

「70~80年代にかけてはカニを食べにいくツアー『カニツーリズム』が誕生。産地に食べにいこう、という発想が関西人らしいなと思います(笑い)。秋になると駅や旅行会社の店頭のポスターはカニ一色になります。解禁日はニュースにもなる。けれど東日本では、何かを食べにいくツアーってほとんどないんですよ。カニへの愛と欲望は西高東低なんです」

 取材をする前にはこんなドラマがあるとは思いもしなかった、と著者。

「私は今も年に1度、産地へ食べにいきますが、浜で食べるカニは格別。漁港の風景や匂いなどが相まって、ひっくるめてカニの味と魅力になっています。ぜひ産地で味わってほしい。メスガニは12月いっぱいで禁漁になるので、今がおすすめですよ」

(西日本出版社 1500円+税)

▽ひろお・かつこ 1949年、大阪府生まれ。関西学院大学大学院社会学研究科研究員。神戸大学文学部卒業後、旅行代理店入社。海外旅行企画部門に従事。

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