さまざまな視点でみる歴史本特集
「歴史とは靴である」磯田道史著
向かい合う横顔が描かれた絵の、真ん中の空間が花瓶の形をしていることに突然気がつくように、視点を変えるとまるで違う様相が現れることがある。そういう小気味よい驚きをもたらしてくれる歴史の本をひもといてみよう。
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著者が歴史学でいちばん嫌なのは、証拠や史料に残っているものだけで世の中ができていると考えがちなことだ。歴史は非日常的なことだけ記録されるので、日常的な歴史はわからなくなる。
文字を持っている人は記録されるが文字を持っていない人は記録されない。1850年の段階で、帝政ロシアは識字率が5~10%だったのに、プロイセンやスコットランド、イングランドなどは65~80%と高く、それらの国々は近代化して、近代化できない国を植民地にしたのだ。また、王族や貴族は記録を残すが、一般の人は記録を残せない。そういう文字を持たない人の行動とか言い伝えを把握するのが文化人類学や民俗学である。
歴史家の磯田が鎌倉女学院高校で行った授業を基に再構成して書籍化。
(講談社 1200円+税)
「権力の日本史」本郷和人著
日本の社会は平安時代から世襲に重きをおいてきたが、明治政府の高官は下級武士出身者でも才能を根拠に登用された。才能によって立身出世が可能な社会になったのだが、民衆の理解を得るために、明治政府は伝統や世襲を一身に体現する天皇を前面に押し出したのではないか。天皇を中心とする国家づくりを掲げることで、「才能の官と世襲の民」が対立する図式を避けたのだ。
君主を支える官僚組織という構図は至る所にあるが、国学者は日本のアイデンティティーを確立するために、「万世一系」の天皇家を頂く日本を強調した。吉田松陰の論によると、中国では徳のない天皇は討伐してよいが、日本では暴虐の天皇が出現しても討ってはならず、民は皇居の前にひれ伏して天皇の改心を祈るだけだという。
歴史学者が日本の権力の仕組みを解き明かす。
(文藝春秋 850円+税)
「はじめての日本古代史」倉本一宏著
大和盆地の東北部にある纒向遺跡には、最古の巨大前方後円墳、箸墓古墳がある。この遺跡には、難波津に出て瀬戸内海から朝鮮半島や中国に至る西のルートや、伊勢から東国に出る東のルートがある。さらに、全国各地の土器が出土していることから、物流の中心地だったことがわかる。ここは、東国、西国、朝鮮、中国につながる初期の倭王権の王宮だった。
倭王権の成立と同じ頃、造られるようになったのが前方後円墳だが、古墳はただの墓ではない。後円部は埋葬施設がある墳墓だが、前方部は葬送の儀礼や、王の即位の儀礼に用いられた。古墳は村落や田園から見上げる場所に造られていることが多く、儀礼を行う劇場のような役割も果たしていたと考えられる。
他に、大化の改新の意味するもの、藤原不比等が果たした役割など、日本の古代史のトピックに焦点を当てて解説。
(筑摩書房 980円+税)
「『松本清張』で読む昭和史」原武史著
「砂の器」の新聞連載が始まったのは1960年5月。60年安保闘争が盛り上がっていた時期だった。その3年前に発表された「点と線」は太平洋側の地域が主要な舞台だったが、「砂の器」では日本海側で物語が展開する。その両者の「落差」が印象的だ。
刑事の今西は東京駅から急行「出雲」に乗る。太平洋側にはデラックスな特急が走っているのに、日本海側には時間がかかる急行しかない。松本清張は日本海側の人里離れた貧しい集落を描いているが、高度成長から取り残されたもうひとつの日本を示したかったのではないか。「砂の器」では大阪の大空襲を利用して戸籍の偽造をするが、この大阪大空襲はあまり知られていない。なぜなら一般的には東京中心史観だからだ。
他に「日本の黒い霧」など、時代とリンクした清張の作品で隠された昭和史を読む。
(NHK出版 800円+税)
「女系図でみる日本争乱史」大塚ひかり著
日本では、古代から中世にかけては一夫多妻制で、母方の地位がものをいっていた。どの女の「腹」から生まれたかで地位や身分が異なる。そこで、父方中心ではなく、母方中心の系図でみると、おもしろい事実が浮き上がる。天皇は妻が多く、景行、応神、継体、天智、天武、桓武天皇は8人以上の妻をもっていた。桓武はなんと26人である。特に妻の数が多い天皇の御代には、天智天皇の即位前に大化の改新、桓武天皇のときは平安遷都という大事変が起きている。事変などで皇統存続が危ぶまれるとき、天皇の妻や子は増える。天皇の妻には、皇后、妃、夫人、嬪、宮人という序列があり、皇后は皇族の娘に限られ、強い皇位継承権があった。天皇になるにはまず皇太子にならなければならないが、推古、持統などの女帝は皇太子を経ずに即位している。
女系図を通して日本史の謎を読み解く。
(新潮社 720円+税)