文庫で楽しむアンソロジー特集
「志に死す」池波正太郎ほか著 縄田一男編
小説を料理に例えるとすると、長編小説がフルコースならば、テーマごとにさまざまな著者の作品を集めたアンソロジーは、さしずめバイキングといったところか。一冊でさまざまな味付けが楽しめる秀逸文庫アンソロジー5冊を紹介する。
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今は城勤めだが、かつて三沢郷代官の下で働いていた友助は、百姓の苦しい生活を知る。そのときの上司・中台は、百姓をさらに搾り、私腹を肥やしていた。それもあって普段は倹約を心掛ける友助だが、2年前に赤子を亡くして心をふさぎがちな妻・はなえを元気づけようと、無理をして法事に着ていく羽二重を買い与える。しかし、法事前日になって藩から倹約令が下り、百姓らに加え足軽中間も絹や紬を着ることを禁じられてしまう。
はなえが不憫な友助は、せめて縫い上げた着物を持参して家族に見せるよう妻に提案する。法事から帰宅して3日後、はなえが自ら命を絶つ。郷里で何があったのか、友助は妻の育ての親に会いに行く。(藤沢周平著「木綿触れ」)
死を覚悟した男たちの生きざまを描く人情時代小説5編を収録。
(新潮社 520円+税)
「ねこだまり」諸田玲子ほか著 細谷正充編
ネコをテーマに女性作家6人が競演する時代小説アンソロジー。
稲荷売りの三治らの知り合いの武家の次男・柾が、似顔絵描きをやると言い出し長屋に引っ越してきた。2人で出かけた帰り道、立ち寄った稲荷社で雨に打たれ震える娘に出会い、長屋に連れ帰る。
おのぶと名乗った娘は、奉公先の繭玉問屋で繭を鼠から守る「猫神さま」が消え、その犯人と疑われていると話す。おのぶの父親が弟の薬代を工面するために庄屋のお金に手を付けた盗人だから疑われたというのだ。三治も咎人の父親を持ち、他人事とは思えない。仲間の勝平に何か策があるようで、翌日、おのぶは柾と三治に付き添われ奉公先に戻る。勝平に言われた通り、柾は若主人に猫神さまを見つけることを請け負うが……。(西條奈加著「猫神さま」)
(PHP研究所 720円+税)
「宮内悠介リクエスト!博奕のアンソロジー」冲方丁ほか著
優は、東京競馬場で生まれて初めての競馬に挑む。優が目指すのは「連敗」だ。開催日に競馬場に通い100連敗すれば報酬と報奨金を合わせて200万円以上を手にすることができるのだ。このモニターを紹介してくれたのは、奨学金の一括返済を迫られた優が助けを求めた司法書士事務所のアシスタントだった。担当者の説明によると、ギャンブル依存症の更生が目的の実験らしい。
ルールは1レースにつき単勝100円の馬券を購入。賭けられるのはレース確定後のオッズが10倍未満の馬限定だ。2日目、優は自分も賭け金を負担して、馬券を2枚ずつ購入すれば確実に連敗できることに気づき、実行する。(法月綸太郎著「負けた馬がみな貰う」)
作家10人、10種類のスリルが楽しめる「博奕」アンソロジー。
(光文社 700円+税)
「宮辻薬東宮」宮部みゆきほか著
「僕」と先輩を悩ませてきた問題社員の栗田が辞表を出した。先輩は、栗田に心を乱され、めいっていたが、中学生のときの体験で鍛えられた僕は、少々のことでは動じることはない。栗田は人でなしだが、僕が遭遇したのは<人>ではないものだった。僕はつい先輩にそのことを話してしまう。
ある年の年末、僕の一家はS町に新居を購入して移り住んだ。年賀状用に玄関先で写真を撮ってプリントアウトすると、なぜか家だけがかすんでしまう。何度試しても同じで、家の中を撮影してみても、モニターには写っているのに、プリントアウトするとこの家ではない別の家が印刷されるのだ……。
この宮部みゆき著「人・で・なし」を皮切りに、辻村深月・薬丸岳・東山彰良・宮内悠介が、前作のモチーフを引き継ぎながら書き進める贅沢なリレーミステリー集。
(講談社 650円+税)
「アンソロジー 初恋」大崎梢ほかアミの会(仮)著
ヘルパーのリコが働く施設の通所者・91歳の千代子は、事あるごとに初恋の人・カンジさんについて話す。終戦の2年後、2人は結婚。
カンジさんは数年前に亡くなったが、今では孫が7人いると幸せそうに語る。しかし、リコはカンジさんが実在しないことを知っている。千代子の家族の事情を娘の康子から聞いているからだ。
あまりに話がリアルなので、康子に家でもカンジさんのことをよく話すのかとたずねると、不思議な顔をされる。カンジさんの話などしたことがないというのだ。
数日後、千代子が急逝。半年後に新しい通所者の好子がカンジさんの話を始め、リコは耳を疑う。話の内容が千代子とほぼ同じなのだ。(福田和代著「カンジさん」)
女性作家集団「アミの会(仮)」のメンバー9人による書き下ろし恋愛小説集。
(実業之日本社 740円+税)