「痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学」牧野雅子著

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「痴漢は犯罪です」のコピーを配したポスターが登場したのは1995年。このポスターは大きな反響を呼んだが、逆に言うと、それまで痴漢は犯罪と見なされていなかったということを示している。

 本書は、まず痴漢が公的機関にどの程度把握されているかを各種データから検証し、痴漢事件の具体的な捜査内容を詳細に見ていく(第1部)。次に、戦後の雑誌や新聞記事から痴漢がどのように語られてきたかを年代順に追い(第2部)、最後に、痴漢冤罪事件と女性専用車両の問題を取り上げる(第3部)。

 第1部では、薄着の季節に痴漢が多いという、女性の側が誘因となるような思い込みは誤りであり、警察の取り調べにおいて被害者に対する性暴力の側面よりも性的羞恥心が重視されていることなどが明らかにされる。

 第2部では、女性誌では痴漢は性被害であり犯罪であるという認識が共有されているのに対し、男性誌では痴漢は男の性欲のはけ口であり、男が痴漢をするのは当然とされ、「痴漢のススメ」といった記事があふれている。名の通った作家、漫画家が得々と自分の痴漢体験を語ったり、女性もまんざらではないはずなどと語っているのは、犯罪どころか娯楽として捉えていたとしか思えない。こうした傾向は90年代まで衰えず、そうしたときに「痴漢は犯罪です」というポスターが現れたのだ。

 2000年代になると、一転、痴漢冤罪の記事が増えてくる。しかし、あたかも「痴漢だ」と声を上げた女性が加害者かのように思わせ、痴漢犯罪を「トラブル」に格下げすることは、犯罪被害者の権利を奪い、被害者の口を封じる暴力だ、と著者は強く非難する。また女性専用車両についても、専用車両の女性のマナーをのぞき見的にあげつらうのは、かつての男性誌の痴漢記事と同じ役割を果たしていると分析する。

 著者自身、警察官時代に痴漢被害を受けている。そのときの痛みを核に地道な調査を基に書かれた本書は、痴漢という行為の既成概念を覆し、今後の性暴力議論の基本書ともなるだろう。<狸>

(エトセトラブックス 2400円+税)

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