「われらみな食人種(カニバル)」クロード・レヴィ=ストロース著 渡辺公三監訳 泉克典訳
1997年9月、英国のダイアナ妃の葬儀において、弟であるスペンサー伯爵が弔辞で、残された2人の甥と自分は強い絆で結ばれていると述べた。著者はこれを枕に、ラドクリフ=ブラウンの母方オジの重要性に光を当てた論文に言及し、次いで中世武勲詩「ローランの歌」の母方オジの活躍ぶりを紹介し、さらにはネパール、南インド、アフリカにおける家族構造との類似にまで話を広げていく。
レヴィ=ストロースは構造主義の泰斗として20世紀の現代思想に大きな影響を与えた文化人類学者だが、本書にはイタリアの日刊紙で1989年から2000年にかけて年2回ほどのペースで書き継がれた時評が収められている。冒頭の「火あぶりにされたサンタクロース」だけは52年発表で、クリスマスイブの日、フランスのディジョンの大聖堂広場でサンタクロースの人形が火刑に処されたという記事を枕に、サンタクロース信仰に潜むイニシエーション儀礼の要素をあぶり出していく。
本書に収められた17編はいずれも刺激的。表題作は、人肉食とクールーという進行性の随意運動失調との関連から説き起こし、カニバリズムの政治的、魔術的、儀礼的、治療的というさまざまな側面から光を当てていく。あるいは、フェミニズム運動やジェンダー・スタディーズに触れて母権制の実態を考察し、ヒトが発情期を失った理由へと及ぶ。また当時世界中を騒がせた狂牛病については、人類の肉食の起源を出発点として、穀物生産の3分の2が動物飼育に用いられている現状から肉食から脱却する未来像を提示する。
世界有数の優れた知性が時々の問題を広い視野で捉えていく手際は見事で、知的興奮に満ち、視野狭窄に陥りがちな我々に反省を促す。現在、ヒートアップ気味な新型コロナウイルスの問題も、著者ならばどういう切り口で捉えただろうか。
本書は著者の入門的な役割も果たしており、興味を持った方は、「野生の思考」(みすず書房)、「悲しき熱帯」(中公クラシックス)も併読を。 <狸>
(創元社 2000円+税)