「閉ざされた扉をこじ開ける」稲葉剛氏
「4月7日に都の緊急事態宣言が出されてから、ネットカフェの休業で路頭に迷ってしまう人たちに緊急支援をしてきました。都のネットカフェ生活者は2018年の調査で4000人います。建築土木や飲食業が多く、緊急事態宣言が出る前から仕事が激減してしまい携帯代も払えず、電話が止まっている人がほとんどです。フリーWi―Fiを使ってのメールが命綱なので、4月7日の夜から緊急メール相談を開始して、1カ月で150人ほどのSOSに対応してきました。現場の感覚としては、コロナ以前より20代、30代の若い人や女性も増えています」
今まさに貧困問題の最前線で奮闘する著者は、20年以上、貧困支援、とりわけ住居喪失を防ぐ活動に邁進してきた。本書は、そんな現場からの「大人の貧困」ルポだ。
東京五輪の陰で路上や住居から排除される人々、ネットカフェ難民をはじめ多様化する住まいの貧困、生活保護をめぐる政府や役所との攻防など、さまざまな問題が取り上げられる。
「あれこれ理由をつけて自治体窓口で生活保護相談者を追い返す『水際作戦』をはじめ、居住福祉の軽視や、制度があっても役所の現場が利用を渋るといった以前からの問題が、今さらに露骨に出てきています。また私たち支援者から見れば、路上生活者や住居喪失者を相部屋に20人も詰め込むような、無料低額宿泊所といった貧困ビジネスもいまだにあるんです。感染拡大している状況でそこに送る意味やリスクをわかっているんですかと、都の(生活)保護課長に訴えました。都が確保したというビジネスホテルの活用なども含め交渉を続けて、4月17日にようやく厚労省から『原則、個室対応』という事務連絡が全国の自治体に出されましたが、残念ながらまだ徹底されていません」
根底にあるのは、世間一般にも役所にも根強い「社会保障の利用は国民の権利ではない。おこぼれ、恩恵だ」という考えだという。
本書では、こうした「大人の貧困は自己責任」という考えがいかに醸成され強化されていったのか、小田原市保護課職員の「保護なめんな」ジャンパー問題や、昨年の台風19号発生時の台東区避難所での路上生活者受け入れ拒否問題など、具体的な事例をもとにひもとかれる。
「リーマン・ショックを受けた年越し派遣村などで、国内の貧困が可視化されました。民主党政権が貧困問題に取り組んだものの、東日本大震災で頓挫してしまった。震災以降、絆や助け合いと言われるようになった、自助・共助それ自体はいいんです。問題は政府がそれに乗っかったことです。芸能人の親の受給に端を発する生活保護バッシングを自民党が主導し、政権奪還して真っ先にしたのが生活保護基準の引き下げです。生保基準は、憲法で保障された健康で文化的な生活の最低ラインなわけですが、それがこの数年で2度も下げられ、政府は自助と共助ばかりアピールし続ける。こうして、貧困は自己責任だと受け入れざるを得なくなっていったんですね」
一方で、本書では住居問題についてのSNSキャンペーンや「東京アンブレラ基金」といった支援団体同士の新たな連携など、ソーシャルアクションによって変化を起こした具体的な事例も示されている。
「最近も最初は和牛券だったのが、たくさんの人がSNSなどで声を上げ続けたことで、制限付きの世帯30万円、さらに1人10万円給付となりました。これからリーマン・ショックを超える貧困拡大が予想されますが、具体的に一つずつ声を上げ続けて、制度を変えていくんです」
(朝日新聞出版 790円+税)
▽いなば・つよし 1969年、広島市生まれ。一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事、立教大学客員教授、認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表。東京大学教養学部卒。2001年に湯浅誠氏と自立生活サポートセンター・もやい設立。著書に「生活保護から考える」など。