早見和真(作家)
4月×日 一連の自粛要請を受け、僕の住む愛媛県松山市の飲食店ものきなみ休業、もしくは営業時間を短縮した。
外食できなくなったのも苦しかったが、より死活問題だったのは、ほぼ毎晩仕事をしていた深夜0時までの喫茶店が、21時に閉まるようになったことだ。
朝、昼と自宅で仕事をして、昼寝を挟んで夜は喫茶店で仕事をする。出勤というルーティンが崩れ、テレワークに切り替わったサラリーマンのみなさんほどじゃないと理解はしているが、完全に作り上げられていたリズムが壊れ、僕は朝と昼まで書けなくなった。
そんな窮状を、近所の旅館の女将が救ってくれた。やはり自粛の要請を受けて旅館を閉めている間、自由に一部屋使っていいというのである。
新しい環境で書けるのかという不安を抱きつつ、素直に言葉に甘えた。すると、僕はここでかつてないほど集中した。〆切仕事をあっという間に片づけると、女将が差し入れてくれるコーヒーをいただき、鯉の跳ねる音なんて聞きながら、読書もずいぶんはかどった。
ただ、この間に読んだ本は古い本が多く、日刊ゲンダイの指定する「新刊」に合致するものは1冊しかない。タイトルを記すのも恥ずかしいが、少しでも運動不足を解消しようと手に取ったのはテキーラ村上著「痩せない豚は幻想を捨てろ」(KADOKAWA 1300円+税)という本だった。
難しい資料を立て続けに読んでいた時期で、正直、箸休め的な意味合いが強かった。が、この本で僕のダイエット観は激変した。書いていることはきっと変わったことじゃない。端的に記せば、タンパク質をいっぱい摂って、とにかく鍛えろということだ。
僕の本は瞬く間に付箋で膨れあがった。女将に怒られるかもしれないけれど、仕事に集中する一方、この旅館で僕は自分史上最高の身体を手に入れてしまった。
ちなみに書かせていただいているのは道後の「栴檀」という旅館です。自粛が明けた折には、みなさま是非。