佐川光晴(作家)
5月×日 新型コロナウイルスの感染拡大による非常事態宣言が続いている。昨年末に細野晴臣著「とまっていた時計がまたうごきはじめた」(平凡社 1300円+税)を書店の新刊売り場で見つけたときは、まさかこんな世の中になるとは夢にも思わなかった。2012年7月から14年6月まで、ワールドスタンダードの鈴木惣一朗を聞き手とする9回の対話を収めた本の「まえがき」には、「東北の大震災から1年有余という、まだ生々しい時期」に「対話というか雑談」が始まったとある。対話2の中に、たまたま会った人に震災以降ずっと「HoSoNoVa」を聴いていたと言われたとあって、私はすぐCDを買った。細野といえばYMО、それに17年に惜しくも没した不滅の男・遠藤賢司と仲が良かったことしか知らなかった私は、「HOSONO HOUSE」に始まるソロアルバムを、いつ終息するとも知れないパンデミックの中で聴き続けている。
5月×日 デフォー著「ロビンソン・クルーソー」(鈴木建三訳 集英社 820円+税)を読み始める。とても有名な本で、船が難破して無人島にたどり着いた主人公が知恵と工夫をこらしてサバイバル生活を始めるというあらすじは誰でも知っている。恥ずかしながら私は今回が初読なのだが、めっぽう面白いので皆さんにもお勧めする。訳者の鈴木建三氏については詳らかにしないが、イキのいい訳文で、よほどの人物だったのではないかと踏んでいる。
クルーソーの生まれは1632年に設定されていて、「ペストの記憶」の作者でもあるデフォーは1660年生まれ、1719年に59歳で本書を刊行した。日本では徳川吉宗の治世で、井原西鶴、近松門左衛門はデフォーの同時代人だ。日本が鎖国の真っ最中に、父親が説く中産階級の幸せに背を向けて、アフリカ、南米に渡り、さらに無人島で23年も生き抜くロビンソン・クルーソーを創造したデフォーのバイタリティーには敬服するしかない。新型コロナにより諸々に自粛を余儀なくされている世界中の人々の冒険心が再び発揮される日が1日も早く訪れますように。