泉麻人(エッセイスト)

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4月×日 件のウイルスの流行下、運動不足解消の意味もこめて閑散とした路地を選んでぶらぶら歩きまわることが多い。すると、今まで渡ったことのない踏切ポイントに出くわしたりする。わがフィールドを走る井の頭線の踏切は、西永福2号みたいなシンプルな名前のものばかりなのだが、JRの貨物線の踏切なんかには、消えた旧地名を残したようなのがけっこうある。そういう地名マニア好みの踏切を一挙に集めたのが、今尾恵介著「ゆかいな珍名踏切」(朝日新書 810円+税)。

 豆腐屋踏切、パーマ踏切、レコード館踏切、なんて古物件の由来が想像されるものから、勝手踏切、切られ踏切、爆発踏切、馬鹿曲踏切、といったわけがわからないナンセンス系まで、よくぞ収集したものである。グーグルのストリートビューを大いに活用したそうだが、机上で調べるだけでなく、踏切目当てに田舎道をひとり歩いて現地の人から情報を聴取する著者の姿――が浮かんでくるところが楽しい。

4月×日 ふと思いたって、永井荷風の「断腸亭日乗(摘録)」(岩波文庫 上950円+税、下910円+税)をまたひっぱり出してきた。荷風がこの日記を書き始めたのは大正6(1917)年。そう、今回のウイルス流行とよく比較されるスペイン風邪のはやりはじめた頃のことなのだ。

 スペイン風邪の流行は1918年から1920年にかけてのことで、3回のピークがあったとされる。日本での流行は18年の11月と20年の1月頃というが、18年11月11日の日記にそれらしき記述があった。

「昨夜日本橋倶楽部、会場吹はらしにて、暖炉の設備なく寒かりしため、忽風邪ひきしにや、筋骨軽痛を覚ゆ。体温は平熱なれど目下流行感冒猖獗(しょうけつ)の折から、用心にしくはなしと夜具敷延べて臥す。夕刻建物会社社員永井喜平来り断腸亭宅地買手つきたる由を告ぐ。」

 これがスペイン風邪だったかどうかはともかく(年明けまでこじれたようだが)、ちょうどこの騒動の折に家探しをして、麻布の偏奇館へ引っ越していくのだ。

【連載】週間読書日記

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