「ESG思考」夫馬賢治氏
「1年ほど前、スターバックスがストローをやめると発表して、環境ブームに対応してるんだな、と思った人は多いと思います。でも実は、ストローをはじめとする環境に配慮する計画は2008年からあったもの。日本では物価高で消費者の懐が冷え込んでいたこの時期、欧米のグローバル企業はほぼすべて、スタバと同様のアクションを取り始めていたんです」
本書は、現在、グローバル企業が採用している「ESG」とは何か、どのようにして世界に根付いていったのか、またその本質や資本主義との関係を解説した一冊。日本ではなじみの薄い「ESG」だが、今や欧米のビジネスの世界では「当たり前」になっているという。
「ESGとは、企業が将来的に長く成長するために、何をしなくてはいけないかというテーマで、環境(E)、社会(S)、企業統治(G)を指しています。1992年に開催された地球サミット以来、“持続可能な開発”や環境問題は企業間でも認識されていましたが、当時はまだまだ儲けが優先。それが、08年のリーマン・ショックで一気にひっくり返ったんです。リーマン・ショックが世界中の金融機関を襲い、会社が持続可能でなくなったように、自分たちが気づいていない、見えていないリスクが潜んでいるのでは、と考えたんですね。社会からの信用を取り戻さなければ生き残れないと悟った企業は、地域や環境と共存するサステナビリティー経営へと移行していったんです」
ESGのベースにあるのは、環境や社会に配慮したほうが「利益が出る」と考えるニュー資本主義だ。10年、20年というスパンで考える長期視点が特長で、実際、配慮による利益が数値として証明されてきているという。片や、日本の企業はどうかというと、いまだ「日本の企業の多くが、社会的課題に配慮すると利益が下がる」というスタンスを取るオールド資本主義のままである。
「私が見ていてつらいと思うのは成果主義で、血も涙もないアングロサクソンの世界で生き抜くためにと、必死に人件費を削ったり短期で利益を出そうとするなど日本企業がやっていることが、百八十度ズレていること。お手本だった欧米企業はもう違う世界にいることに気づいてほしい。このままだと日本企業はグローバル社会の中で取り残され、競争力はどんどん落ちていくでしょう。品質が良ければ取引は続くだろうと考えるかもしれませんが、それは甘い。技術力はすぐに追いつかれ、そのとき、ESGに配慮する他国企業を選ばない理由はありません」
家電業界では今やサムスンやLGの評価が高く、また中国のある工場は、労働時間や休日数などアップルが要請する100ページにもわたるポイントを守り、厳しい監査もクリアして莫大な取引を死守している。
ESGには当然、従業員への配慮も含まれる。近年の外資系は福利厚生も拡充され、日本の企業より働きやすくなっている。このままだと人材は外資や海外へと流れ、結果、待ち受けるのは競争力、国力の低下だ。
「ESGはこれまでリーマン・ショックなど不況期に育まれてきましたが今回のコロナショックでも欧米企業は揺らぎませんでした。特に『S』(社会)にスポットを当て、従業員を解雇するどころか臨時ボーナスを出したり、また銀行に借り入れをしてまでサプライヤーを支えたんです。コロナ禍を乗り越えたとき、日本は大きく後れを取るでしょうね。これを機にグローバル社会の現実に気づいて、長期視点に立った計画に切り替えていってほしいですね」
ESGは一時的な流行ではなく、グローバル社会においてもはや共通の価値観なのだ。
(講談社 880円+税)
▽ふま・けんじ ㈱ニューラル代表取締役CEO。ESG投資コンサルティング会社を2013年に創業し現職。環境省ESGファイナンス・アワード選定委員。ハーグ国際宇宙資源ガバナンスWG社会経済パネル委員。ハーバード大学大学院リベラルアーツ修士。サンダーバード国際経営大学院MBA。東京大学教養学部卒。