「蓼食う人々」遠藤ケイ氏
無印良品の新商品「コオロギせんべい」が売り切れ、野鳥を出す高級レストランがもてはやされるなど、美食・健康・エコの観点から昆虫食やジビエが近ごろ人気だ。
「都会で出される昆虫食のほとんどが加工済みのものです。肉も魚も、それが生きていた背景やさばく過程が見えると、残酷とか気持ち悪いとか言われますからね。でも本来、食べるという行為は捕るところから始まるんです。生きていた自然や情景が見えない料理は、僕に言わせれば、大事な隠し味を忘れているのと一緒です」
本書はちまたの昆虫食ブームとは一線を画する、日本の自然とともに代々暮らし、自然の恵みを食べてきた人々を克明に描くルポだ。野ウサギやトドから、一般にゲテモノと称されるザザムシ、ウミヘビ、カラスまで多岐にわたり紹介する。美食に分類されるアユも、ここではその捕り方が奇想天外だ。
「魚を捕る方法で、釣りがすぐ浮かぶのは発想が貧困なんです。季節や生態をよく観察して知っていれば、素もぐりでアユを指の間に何匹も挟める名人もいるし、股ぐらに寄ってくるアユを捕まえる『チン叩き漁』もできちゃうんです。夜の川に大の男が下半身裸でじーっと漬かっていて、知らずに見たら異常だし効率は悪いですよ。体も冷えたし(笑い)。でもその無駄を楽しむ、遊びに転化してしまう、そういう土地の人たちのしたたかさや知恵に、僕は引かれるんです」
著者はマタギに同行し雪山で野ウサギを追い、山小屋の自宅では自作のパチンコでカラスと格闘、地元の男たちとクロスズメバチを追い長野の山を疾走し、房総の港でツチクジラの解体を見守る。そして土地の人々と共に獲物を食べる。濃いだしがでたカジカ汁、香ばしく焼いたチーズのように濃厚なトウゴロウ(カミキリムシの幼虫)など味わってみたくなる料理が満載だが、イチオシはどれか尋ねてみた。
「おいしいのはやはり野ウサギですね。鶏肉に似ているけれどもクセがなくて、あんなにおいしいものを昔の山村ではごく当たり前に捕って食べていたんです。『ウサギの一匹食い』と言って骨も皮も余すところなく食べて、唯一食べられない糞も、乾燥させてキセルに詰めてたばこ代わりにしたといいますから。あと、カラスは試す価値がありますよ。都会のカラスは何を食ってるか分からんからやめとけという人も、逆にぜいたくなものを食ってるからうまいという人もいますけど……僕が解体して食べたのは臭みもなく筋肉質の赤肉でおいしかったです」
「草の根民俗学」を標榜する在野の研究者として、日本や世界の人々の暮らしと労働習俗を長年取材してきた著者らしく、本書ではルポの後に、人と生き物・植物との関係や歴史について民俗学的考察が毎回付け加えられている。垣間見えるのは、人と自然との深いつながりだ。
「グルメの時代といわれて久しく、今はインスタ映えだとかで見栄えの良い料理をもてはやし、おいしいものを食べ歩いては自慢し合うような風潮がありますよね。でもその裏では食品ロスや飢える人の問題がある。そういういびつな現代社会に、自分なりの方法で警鐘を鳴らしたつもりです」
(山と溪谷社 1500円+税)
▽えんどう・けい 1944年、新潟県生まれ。作家、イラストレーター。長年、自然の中で手作り生活を実践し、民俗学をライフワークとして日本や世界を旅し、取材を続けている。著書に「男の民俗学」「熊を殺すと雨が降る」「こども遊び大全」などがある。