「ゲコノミクス」藤野英人氏
平成のサラリーマンの世界では、酒が飲めない下戸は肩身の狭い思いをすることが多かった。「人生だいぶ損してるね」「飲む練習すればいいのに」。こんな言葉を浴びせられても、苦笑いしてやり過ごすしかなかった。
「私自身も下戸で、『飲めないのによくファンドマネジャーができるな』と言われたこともしょっちゅうでした。飲食店でノンアルコールドリンクを注文すると“客単価が低い客だな”と見られた(と感じた)経験も何度もありました」
本書の副題は“巨大市場を開拓せよ!”。下戸に秘められた消費パワーを解説しながら、新規市場開拓のヒントを探っている。酒飲みからすると、下戸に消費パワーなどあるのか? と思うかもしれない。しかし、時代は令和である。
「昨年6月にフェイスブックで『ゲコノミスト(お酒を飲まない生き方を楽しむ会)』というグループを立ち上げ、酒なしでも楽しめる飲食店情報やアルハラ(アルコールハラスメント)へのスマートな対処法などを共有しています。会員数は3500人を超え、長年冷遇されてきた下戸たちが主張を始めています。私の試算では下戸の市場規模は3000億円で、厚生労働省の国民健康・栄養調査(平成29年)によると、酒を『ほとんど飲まない』『飲まない(飲めない)』『やめた』という人は55・4%にも達しており、日本人の半分が酒を飲まなくなっていることが分かります」
飲まない人が増える中で、多くの飲食店のノンアルメニューはせいぜいウーロン茶、ジンジャーエール、ジュース程度。肉料理に赤ワインなど料理とのペアリングを楽しむ人の隣で、下戸はウーロン茶をガブ飲みするしかなかった。これが嫌でフレンチやイタリアンに行かないという下戸もいるそうだ。
ノンアルビールを飲めばいいと思うかもしれないが、それは酒飲みの考え方。本書ではゲコノミストグループのアンケートも紹介しており、そもそも下戸には“酒っぽいノンアル”をおいしいと感じる人は少なく、需要がないことが分かる。だからといって、下戸は客単価が低いと考えるのは短絡的だ。
「価値あるノンアルドリンクにはしっかりと対価を払いたいという下戸は少なくありません。例えばG20大阪サミットで公式ノンアルとして採用されたボトル入り高級茶の『ロイヤルブルーティー』は私もお気に入りで、1本3800円から60万円まであります。スパイスやハーブなど多様な素材を組み合わせて新たなノンアルドリンクを開発することもできるでしょう。コロナ禍で飲食店の状況は厳しいものですが、下戸に着目することで見逃してきた客層にリーチでき、客単価を上げ、生き抜く武器にもなるはずです」
さまざまな下戸市場開拓のヒントを提示しながら、著者は“アフターコロナ”の酒との向き合い方についても言及している。
「“Zoom飲み”では、自分で用意した好きな飲み物を飲むのが当たり前になりました。コロナが収束しても酒を介して人脈を築くことの意味は薄れていき、今後“飲みニケーション”という価値観に縛られたままの人は出世も難しくなるでしょう。逆に、酒は飲めてもノンアルとのペアリングが楽しめるような飲食店を提案できる人は、下戸の相手に喜ばれて関係も深まるはずです」
酒を飲む人と飲まない人が共存できるようになれば、金も動き、双方の世界が広がりそうだ。
(日本経済新聞出版 1500円+税)
▽ふじの・ひでと 富山県生まれ。早稲田大学法学部卒業。国内・外資大手投資運用会社でファンドマネジャーを歴任後、2003年レオス・キャピタルワークス創業。著書に「お金を話そう。」「投資家みたいに生きろ」「投資家が『お金』よりも大切にしていること」「投資レジェンドが教えるヤバい会社」などがある。