「ワーカーズ・ダイジェスト」津村記久子著
緊急事態宣言の期間中、リモートワークを実施したのは全国で35・5%、首都圏で52・2%だったという。リモートワークのメリットの一つとして満員電車に乗らなくて済むというのがある。
【あらすじ】本書の主人公のひとり、奈加子は通勤電車に乗っていると自分たちが詰め放題コーナーでビニール袋に詰められるサケの切り身や明太子にでもなったような思いになる。もうひとりの主人公、重信は100万頭のヌーの大群や渦を巻くニシンの群れを頭に浮かべ、これだけ人にまみれているのに、それぞれの生活は切り離されていることの不思議を思う。
奈加子は大阪の小さなデザイン事務所で働く傍ら、副業としてライターの仕事もこなす。2カ月前に10年近く付き合った恋人と別れたばかりだ。年末のある日、社長の代理でクライアントの工務店に打ち合わせに出掛けた。
やって来たのは、やはり部長の代理で東京本社から大阪支社に出張中の重信だった。どちらも代理で、姓は同じ「佐藤」、生年月日も一緒で、年明けの1月4日にはともに32歳という奇縁。普通ならここから恋に発展というのが常道だが、ここでは互いの仕事ぶりが交互に描かれていく。
奈加子は同僚との確執や同級生の結婚組と独身組のかすかな齟齬を感じつつ、自分の仕事と将来を見つめ直していく。一方の重信は、担当している建設中のマンションの近所の家から言いがかりとしか思えないクレームをつけられ窮地に追い込まれる。
そんな中、2人はたった1回しか会ったことのない互いのことをふと思い出す……。
【読みどころ】32歳は社会人としての経歴としても身体的にもちょっとした岐路に立たされる年頃。そんな男女の揺れ動く心情を丁寧に描いた佳作。 <石>
(集英社 420円+税)