「LIAM WONGTO:KY:OO」リアム・ウォン著
世界的ゲームデザイナーが2015年末、初めて手にした一眼レフカメラで午前0時を過ぎた深夜の東京のさまざまな表情を撮影した写真集。
写真には特定の流儀があって、加工せずに撮影した画のままにしておくべきだと考えていた氏だが、「ある夜、雨が降り、東京に命が宿った」と感じる。東京が別の顔を現したのだ。
それは映画「ブレードランナー」や「エンター・ザ・ボイド」の世界に入り込んだかのような感じだったという。その時から「写真を芸術的な表現媒体としてとらえる可能性を感じ始めた」と語る氏の作品の中の風景は、私たちが知っている東京の点景なのだが、私たちの知らない東京でもある。
例えば渋谷のビルの合間に静かに流れる渋谷川を撮影した一枚。川の右側に立つアパートの裏側の生活感があふれる雑然さとは対照的に、川の向こうには今風の高層ビルが林立する。
一方、左側はなにやらスクリーンのようなものが立ちはだかり、いやにすっきりとしているが、向こうの景色が見えるようで見えないもどかしさも感じる。さらに、この場所を知っている人は、記憶の中の風景と合致をせずに違和感が湧き上がることだろう。
知らない間に再開発でも進んだのだろうかといぶかりながらもページを進めると、「のんべえ横丁」や、ホッピーの提灯の明かりにぼんやりと照らされた路地の突き当たりの小さな居酒屋など、変わらぬ渋谷の点景が現れる。しかし、その横丁や居酒屋の写真も、実は現実と微妙に異なる。
そこにある風景は、補色や何枚もの写真を重ねたりつなぎ合わせたり、さまざまな加工を施された、この写真集の中にしかない東京の風景なのだ。
渋谷川の写真は、渋谷と、なんと新宿の写真を組み合わせ、川のフェンスを垂直方向に引き伸ばす「ピクセル・ストレッチ・エフェクト(引き伸ばし効果)」を施すなど、種々の加工がされた作品だという。
新宿の歌舞伎町や渋谷センター街など、ネオンがきらめく繁華街の表の表情と、路地裏の飲み屋街、そんな街を傘を手にそれぞれの目的に向かって歩く人々や、ネオンを反射する雨粒で装飾されたタクシーなど、夜の東京のシーンが切り取られ、加工される。
誰も目を留めないような路地にもレンズは向けられる。さまざまな配線やパイプが入り組んだその路地に、著者は機械仕掛けの東京の裏側を見た気分になる。
画面いっぱいに広がるネオンの光の洪水の中を歩く人々のシルエットの写真があるのだが、すべてがゆらいでいる。よく見るとそれはアスファルトの水たまりに映る光景だった。水たまりの風景がまるで現実のようで、虚と現が交錯する。
序文を寄せたゲームデザイナーの小島秀夫氏は、著者の作品からは「都市において進化と退廃が層をなす構造や、そこで生きて死んでいった人々の気配」「そういった普段は目に見えないものさえもかんじることができる」とつづる。
私たちの知らない東京の風景が、見る者にさまざまなインスピレーションを与えてくれる。
(パイ インターナショナル 3400円+税)