「消滅絶景」ナショナルジオグラフィック編著
世の中は刻々と変化している。歩きなれた通勤路や家の近所でふと覚えのない建物に気がつく時がある。知らない間に、以前の建物が取り壊され、まったく別の建物に生まれ変わっていたからだ。
本書を開いた読者は同じような思いを抱くのではなかろうか。世界各地の失われてしまった絶景や、絶滅した動物、さらにその危機にある風景などを、かつてと現在の写真で紹介するビジュアルブック。いわば二度と見ることができない風景へのガイドブックだ。
アフリカ大陸・ニジェールのテネレ砂漠の真ん中にかつて1本のアカシアの木が立っていた。砂漠化する以前からあった最後の生き残りと考えられ、樹齢は約300年。周囲の木から少なくとも150キロは離れ、何十年もの間、1本だけの状態で立っていたこの木は「テネレの木」と呼ばれ、キャラバンの目印の役目を果たすとともに、神聖な木として祈りの対象でもあったという。
しかし、1973年に酒に酔った運転手が運転するトラックに衝突され、倒れてしまった。
木の残骸は、首都の博物館に保存され、木の立っていた場所には現在、金属製のモニュメント「失われた木」が立っている。
同じくアフリカのケニア、ナクル湖では、主食のスピルリナという藻の減少で、かつては100万羽以上集まっていたフラミンゴの飛来が2000年以降に減少し、近年では多くても数百羽ほどに激減してしまったという。
このテネレの木や、ナクル湖のフラミンゴのかつての映像など、以前にどこかで見たことがある風景のその後の現状を知り、あぜんとなる。
アフリカ大陸以外にも、1960年代には湖として世界第4位を誇っていたが、わずか半世紀で10分の1に干上がってしまったカザフスタンとウズベキスタンにまたがる塩湖「アラル海」や、地震による土石流の流入などで、見る影もなく破壊された中国の世界遺産「九寨溝」、氷河の後退が原因で河川の流路を別の河川が奪う「河川争奪」という現象によってわずか4日間で幅150メートルもの大河が干上がったカナダの「スリムズ川」など、地域別に29のスポットや動物を取り上げる。
世界遺産に登録されたスポットでさえ例外ではない。野生個体が絶滅したとされる「アラビアオリックス」(牛の仲間)の保護区として世界遺産に登録されたが、その後オマーン政府が油田開発を優先させたためにリストから抹消されてしまった例などもある。
日本でも江戸っ子たちの暮らしに密接に関わり、豊かな食文化を支えていた「東京湾の干潟」などが紹介される。1960年代の干潟は画面を覆いつくすばかりのハゼ釣りの太公望で賑わっていたが、埋め立てられた現在の姿はご存じの通り。
絶景や動物たちの消滅の理由のほとんどは人間が原因だ。読者にさまざまなことを問いかけてくる一書。
(日経ナショナルジオグラフィック社 2400円+税)