「世界の工場廃墟図鑑」デイヴィッド・ロス著、岡本千晶訳
観光名所となり、何世紀もの間、人々の目にさらされた遺跡や史跡には、良い意味で歳月によって漂白されたような枯れた味わいがある。一方、廃墟と呼ばれる場所には、かつてそこにいた人々の時間が止まったままのような生々しさが残っている。
本書は、書名からお分かりのようにそんな廃墟の中でも、工場に注目して世界各地の物件を紹介する大判写真集だ。
北アメリカ大陸の物件を取り上げた章の冒頭で紹介されるのは、滝のすぐそばに立つ西部開拓時代を彷彿とさせる木造の小屋(写真①)。目を引くのは、小屋の床下から滝つぼまで木造の塔がつくりつけられていることだ。1892年に建造されたこの建物は、アメリカ・コロラド州の元クリスタル工場で、進路を変更させた川の水が塔を下って空気圧縮機を駆動し、その力で隣接する立て坑掘削機を作動させていたという。
100年以上も前の1917年に操業停止したが、人里離れた場所のため、このように奇跡的に残っているそうだ。
ページをめくると、一転して、水の上に浮かんでいるかのような巨大な構造物が現れる。同じくアメリカ・ミシガン州のスペリオル湖の水面にそびえるその建物は、まるで神殿のようだ。
これは鉄道貨車に積み込んだ鉄鉱石ベレットを両側に接岸した船の船倉に直接放出するために1930年代に建設された設備で、1971年以降使用されていないという。
ほかにも炭鉱やレンガ工場、製材所、製紙工場など産業や経済を支えてきたさまざまな工場の廃墟がずらり。中には世界最初の亜リン酸凝縮工場(カナダ・オタワ「ウィルソン・カーバイド工場」)などもある。
廃墟化が進み建物自体が崩れそうなものもあるが、加工用重機や巨大な歯車、吊り下げ機、チェーン、電気機器、ボイラーなど、廃墟内に残る構内設備や備品が往時の活況を伝える。
かつて自動車産業の拠点だったアメリカのデトロイトにある「フィッシャー・ボディ工場21」は、GMブランドの車体を製造していたが、1984年に閉鎖された。建物は、有毒な残留物で汚染されたまま放置され、往時の栄華は見る影もなく荒れ果てている。また、その周囲も手入れをされぬまま老朽化し、廃れた産業の哀愁を漂わせる。
以降、カリブ海にそびえる風力のみを動力とするバルバドスの砂糖精製工場(写真②)、「ボトル・オーブン」と呼ばれるレンガ製のユニークな形状の炉がそびえるイギリスの製陶窯、安全性への懸念から完成前に放置されたロシアの原子力発電所、本当に幽霊が出ると評判のインドの綿工場「ムケシュ・ミル」、完成前の絹布や絹糸が機械にかけられたままのアゼルバイジャンの絹織物工場、そして日本の瀬戸内海の大久野島の軍事工場(写真③)など。世界各地の工場廃墟を200点あまりの写真で巡る。
人類が歩んできた営みの痕跡に、人の人生にも似た栄枯盛衰のはかなさを感じる。
(原書房 5000円+税)