「冬の狩人」大沢在昌氏
「佐江は見てくれの悪い、冴えないおっさんなんだけど、反骨精神の塊で心が強い。前作で死なせるつもりだったんだけど、仏心が起きて、つい生かしてしまった。それで、続編ができたということです」
累計200万部を超える「狩人」シリーズの最新刊が6年ぶりに刊行された。新宿署のアウトロー刑事・佐江が、H県捜査1課の新米刑事・川村とタッグを組み、未解決事件の真相に挑む。
H県警のホームページに届いた1通のメール。差出人は3年前、料亭「冬湖楼」で起きた未解決殺人事件の重要参考人・阿部佳奈だった。行方不明になっていた佳奈が出頭するという。ただし「佐江が保護してくれるなら」。なぜ佳奈は佐江を指名してきたのか。
「佐江は、前作『雨の狩人』のラストで辞表を提出し、受理されていないという中途半端な立場にあります。その佐江を現場に引き戻すにはどうしたらいいか。そういう事情なら仕方がないよねと読者に思ってもらえるような事件を考えていったわけです。自分じゃなければ守れないとなると、出て行かざるを得なくなる」
その佐江の相棒となる川村は、東京で就職するも2年で挫折し、地元に戻り警察官になった。「いい警察官になりたい」と願っている川村は佐江を慕いながらも、メンツと縄張り争いに汲々とする県警と、真相究明に強引に邁進する佐江のはざまで、己の取るべき道をときに見失い、苦悩する。
「川村は板挟みにあってつらい思いをする。それは物語として面白いだろうと思いました。いい警官でありたいというのは、よき仕事者でありたいということ。そういう気持ちを持っている人間が、出世はしないかもしれないけど、どんな世界でもプロフェッショナルなんだろうと思います」
佐江を指名した重要参考人・佳奈は何者なのか。3年間何をしていたのか。佳奈は出頭前から、佐江と腹の探り合いを続ける。佳奈に「いい度胸をしているな」と漏らす佐江。著者はこれまでも強い女性を書いてきた。
「そういう女性が好きなんでね。ハードボイルドの主人公は男じゃないといけないとは、僕はこれっぽっちも思っていない。女性のほうがむしろ向いている時代だと思うし、実際にそういう“女前”な小説を書いています。男はぐずぐずしているけど、女はさっぱりしていて引きずらない。経験豊富な取材歴から、そう信じています(笑い)」
県最大の企業「モチムネ」と県警の深い関係や、佳奈を狙う殺し屋の存在が次第に明らかになり、謎がさらなる謎を生むなかで、2人は「冬湖楼」事件の暗部へとおりていく。本作は暴力団の在り方、犯罪の在り方の変容も描き出している。
「犯罪は常に変容していきます。古いシノギしかない暴力団は潰れていくけれど、じゃあヤクザはゼロになったかといえばそうではない。新しいシノギを見つけて開発し、そのノウハウを売りつけるなどして生き延びている。オレオレ詐欺なんかもその類いでしょう。そして言えるのは、小説に書いたように、ヤクザを利用するものは、必ず利用されるということです」
ラスト、危機に陥る川村を救いに駆けつける佐江は、新宿を舞台にした著者のもうひとつの大ベストセラーシリーズ「新宿鮫」の鮫島と並ぶ、心を熱くするヒーローだ。
「汚いおっさん。それは変わってないけれど、変わってないままどうカッコよくするか。もうね、年々自分が佐江に近づいているのがわかるんです。年をとって、老けて、太ってくる。オレ、鮫島より佐江だなあと。だから、佐江をカッコよくしたくなったんです(笑い)」
(幻冬舎 1800円+税)
▽おおさわ・ありまさ 1956年生まれ。79年「感傷の街角」で小説推理新人賞を受賞しデビュー。91年に「新宿鮫」で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞長編部門を受賞。94年「無間人形 新宿鮫Ⅳ」で直木賞、2014年に「海と月の迷路」で吉川英治文学賞を受賞。近刊に「暗約領域 新宿鮫XI」。