迷走の大学改革
「大学改革の迷走」佐藤郁哉著
長年、「改革」の掛け声ばかりが声高に飛び交う大学。コロナ禍の授業リモート化への不満と学術会議問題にも悩まされ、大学はいま嵐の渦中だ。
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かつて「暴走族のエスノグラフィー」で社会学界に新風を巻き起こした著者。かつて全共闘が「大学解体」を叫んだ時代を少年として目撃した世代でもある。
本書は文科省の「政治主導」と大学人自身の「前例踏襲」の板挟みになってきた大学の「改革」問題に取り組み、2年前には「50年目の『大学解体』20年後の大学再生」を共著として出版。本書はその集大成にあたる。新書というには異例の500ページに近い大著だ。それだけに中身は詳細をきわめる。
この20年ほど日本の大学で作成される「シラバス」は英米の大学のものとは雲泥の差。著者は米シカゴ大に学んでいるが、当時のシラバスは授業の性格によって形式も内容も大きく異なる。日本の場合、文科省の「お上の一言」に「忖度」したのが明らかな画一性で学生にも不評。大学改革は90年代から文科省主導で進んだが、その実態は「退化」でしかなく、2年前の中教審答申を見ると今後20年で「より一層進行していくであろう」とまで著者は言う。
大学基準協会が各大学の評価に駆使する「PDCAサイクル」(計画・実践・評価・改善)も実は工場の品質管理部門のようなところにしか有効でない経営学の特殊概念。これを教育の場の「改革」に持ち込むのは理念の「丸投げ」でしかないと手厳しい。
内閣府が乱立させる「審議会」が実は官僚ではなく「政治介入の隠れ蓑」になっているという指摘は鋭い。
(筑摩書房 1200円+税)
「大学はもう死んでいる?」苅谷剛彦、吉見俊哉著
かたや東大副学長を務めた社会学者、かたや東大教授から英オックスフォード大教授に転じた教育学者。大学改革問題に通じた2人の対論で「改革」を徹底批判したのが本書だ。
入試を終えた直後の入学時点で、東大生が米ハーバード大の学生に引けをとってないのは間違いないと本書は断言する。問題はその後の教育内容。カリキュラムは単位数の少ない科目が並んで「広く浅く」、科目あたりの課題や読書量も少ない。他方、オックスフォードは「チュートリアル」(議論)で教員が学生に議論の力を植え付ける。つまり東大入試を突破しただけで自動的にエリートになるわけではないのだ。
大学内部の事情にうといシロウトの読者にはわかりづらい話をもっと親切にするとなおよかった。
(集英社 900円+税)
「地域と繋がる大学」神戸学院大学著
多くの大学が改革に失敗する中、成功例として胸を張る数少ない大学のひとつが神戸学院大。地域連携は多くの大学がうたい文句にするが、神戸学院大の場合、1995年の阪神・淡路大震災との縁が深い。2014年に発足した現代社会学部社会防災学科はその好例という。防災・減災の備えから被災地の相互扶助など、これまでハード面ばかりに偏りがちだった日本の防災教育を補完するため、防災システムや災害時対応などのソフト面の実務を担当する人材を育成するのが狙い。それゆえ学生の多くも将来は消防士や警察官、行政職員などの公務員をめざすそうだ。
震災当時、日本標準時の子午線上にあった明石市立天文科学館の塔時計は、いま神戸学院大有瀬キャンパスに置かれて大学の象徴のひとつになっている。
(中央公論新社 880円+税)