環境立国への希望
「危機の向こうの希望」加藤三郎著
「2050年までに温室効果ガス実質ゼロ」を表明した菅政権。しかし、本当に環境立国になれるのか?
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スーパーやコンビニのレジ袋は有料になったものの、相変わらずごみ捨て日には大量の廃棄物を出す日本。著者は1971年に環境庁(現・環境省)の発足時に厚生省(当時)から出向し、そのまま勤め上げた環境一筋の専門家。パリ協定の趣旨や現状からプラスチックごみなどの現状、不十分な対応策のありさま、そして今後の希望にいたるまで、環境問題の全分野に通じた大ベテランだ。
地球環境の危機は既に半世紀も訴えられてきたのに危機感が薄いと指摘。特に日本は技術力への過信があり、それが環境危機への警告に真剣に向かい合わない「日本社会の弱さ」につながっているという。これに対して著者は環境立国をめざす「環境文明」を表した「憲法」を制定し、理念を体系化したうえで実現に向かう具体策を構築すべきだと提言。中でも重要なのが「持続性」の原則。SDGsの理念をどう果たすかを熟慮し、「経済と技術のグリーン化」を推進することで持続可能な環境政策が現実のものとなるのだ。
最後に「日本が世界に向かって誇れる産業技術やサービス」を20年前に問うたらハイブリッドや省エネなどの環境技術が挙がっただろうという。裏返せば、今の内向き日本にはそれは期待できないということでもある。21世紀を本当に環境立国にできるのか、菅首相の所信表明の真偽が試される。
(プレジデント社 1800円+税)
「八ッ場ダムと倉渕ダム」相川俊英著
野党時代の民主党が建設中止をうたい、政権を獲得したにもかかわらず結局、官僚機構を打破できず、安倍政権によって実現されてしまったのが群馬県の八ツ場ダム。
他方、その近くで住民の反対運動により建設中止が実現したのが倉渕ダム。その両者を比較しながら地勢と政策の両面から論じたのが本書。地方自治に詳しい著者ならではの目のつけどころだ。
八ツ場ダム問題で民主党の「ダム建設中止」に異議を唱えた住民グループの主張も真摯に検討しつつ、ダム問題を通して日本政治の機能不全を明らかにした力作である。
(緑風出版 1800円+税)
「地球を支配する水の力」セアラ・ドライ著 東郷えりか訳
環境への意識は最近のものではない。本書は19世紀半ばにまでさかのぼって気象予測の面から地球環境問題に深くかかわった各世代の業績をふり返る歴史ノンフィクションだ。
「水の惑星」=地球では大気や雲や気温、海流が複雑に組み合わさり、絶妙な現象を見せる。これらを通して気象の変化を予測するのが気象学者の仕事。科学史家の著者は米英の事例を中心に、古今の歴史をたどる。
天候の変わりやすい島国のイギリスにくらべ、植民地のインドは東西が海、北がヒマラヤ山脈、南は赤道付近と特殊な地理条件。それゆえ気象の変化も長期的で、イギリスの気象学にとっては観察の宝庫だったらしい。
著者は強調していないが、欧州の気象学の発展は世界中に保有した植民地のおかげだったことがわかる。気象学のほか物理学などの知見も動員した海洋研究も奥の深い世界なのだ。全地球的な見方が自然に伝わってくる楽しい科学ノンフィクションである。
(河出書房新社 2800円+税)