「あなたはこうしてウソをつく」阿部修士著
井上ひさしは大学時代にアルバイトの仕事と学校のテストがよく重なり、そのたびにテストが受けられない理由を捻出していた。自分の病気、母の危篤、父の法事に始まり、そのうち遠い親類にまで葬式をでっち上げていった。
すると、ある教授から「井上さん、親戚多いですね。でもその方、先月死んでいます」と言われたそうだ。本書によれば、アメリカの大学の生物学の教授は試験の前になると学生の親族の訃報が相次ぐことに気づいた。調べてみると、中間テストで学生の親族が亡くなる確率は約10倍、期末試験には約20倍になることを突き止めた。
本書は、ウソとその背後にある脳のメカニズムに関して、具体的な研究成果を交えながら解説したもの。そもそも人はなぜウソをつくのか。その理由として次の3つの次元に分類される。
①自分のためか、他人のためか。②利益を守るためか、不利益や罰を避けるためか。③物質的な理由か、心理的な理由か。親族の訃報などは②の自らの不利益を回避するためということになるだろうか。就活で希望の会社を過大に褒めたり、後輩を昇進させるために評価の下駄を履かせたりするのは①だろう。
本書にはさまざまなウソに関する実験が紹介されている。12個の数字が書かれた表を20種類並べ、それぞれの表の中から合計がちょうど10になる2つの数字を見つける。正答すれば報酬をもらえるが、正答数は自分で報告するだけで実験者のチェックはない。つまり平気でウソをつけるという設定だ。
結果は多くの人が少しだけウソをついていた。自分が正直者であるというイメージを損なわない範囲でウソをつくのだ。また、実験の前にモーセの十戒(偽証してはならないを含む)を読んだグループとそうでないグループで同じ実験をしたら、十戒を読んだグループの方が正直に答えたという。面白いのは、これを後に追試したところ十戒の効果を疑う結果が出たことだ。
ウソの神経科学的な研究はまだ緒に就いたばかり。研究が進めばAIにもウソをつかせることができるようになるのか。 <狸>
(岩波書店 1430円)