「カンマの女王」メアリ・ノリス著 有好宏文訳

公開日: 更新日:

 見れる、食べれるといった「ら抜き言葉」はすでに市民権を得た感があるが、テレビのテロップに「~にも関わらず」(にも拘わらず)、「~に例える」(喩える・譬える)などの本来とは異なる表記が出てくるとどうも気になってしまう。

 表記の揺れは英語にもあり、本書の原題は「Between You & Me(ここだけの話)」だが、最近ではMeの代わりにIが使われることが多く、あの教養あるオバマ元米大統領すら同様の誤用をしていたという。言葉は生きているのだから、そんな細かいことにいちいち目くじらを立てる必要はないとの意見もあるだろうが、そこをゆるがせにできないのが校正者という職業だ。

 本書の著者は雑誌「ニューヨーカー」の熟練校正者。誤字脱字はもちろん、カンマの打ち方などにも細かなチェックを入れるというイメージから「カンマの女王」というニックネームを奉られている。

 文章の誤りを正す作業には校閲と校正があるが、校閲は石原さとみが主演したTVドラマ「校閲ガール」でやっていたように内容の事実確認を主にし、校正の方は誤字脱字、言葉の誤用をチェックする。そのためには語の成り立ちから文法にも精通していなければならない。

 たとえば分詞構文では主節の主語と分詞の意味上の主語は一致していなければならないのだが、高名な作家の文章においてもしばしば食い違っていることがある。あるいはダッシュ、セミコロン、コロンの適切な使い分け等々、普段気づかないことが指摘され、目からウロコ。

 著者が校正の仕事に携わってきた1970年代末以降はフェミニズムが勃興した時代。女性の敬称として未婚・既婚の区別のないMs.がつくられ、女性形の職業名(スチュワーデス、ウエートレスなど)はジェンダー・ニュートラルな職業名に切り替えられた。またhe、sheに代わる性別を問わない代名詞の探索、著者の弟がトランスジェンダーだとカミングアウトした時に兄弟、姉妹双方を示すsiblingという単語に感謝したことなど、興味の尽きない話が満載。 <狸>

(柏書房 2000円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 2

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  3. 3

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  4. 4

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  5. 5

    大阪万博の「跡地利用」基本計画は“横文字てんこ盛り”で意味不明…それより赤字対策が先ちゃうか?

  1. 6

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  2. 7

    大谷「二刀流」あと1年での“強制終了”に現実味…圧巻パフォーマンスの代償、2年連続5度目の手術

  3. 8

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  4. 9

    野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…

  5. 10

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…