「探偵は追憶を描かない」森晶麿著
いきなり注文をひとつ。ラスト近く、男装の瀬莉愛が舞台に立つシーンがある。脇差しの刀に手を当てた構えのポーズで客席を見据える場面だ。ここをもっと強調してくっきりと彫り深く描けば物語に奥行きが生まれ、強い印象を残しただろう。ネタばらしになるので詳しくは書けないが、本書のいちばんの見どころなのだ。もったいないと思う。
ということを書いたのも、本書は私のごひいきシリーズの第2弾だからだ。著者の故郷である静岡・浜松を舞台にした遠州ハードボイルドである。今回も快調だ。
売れない画家・濱松蒼が、後輩の澤本から「絵を教えてほしい」と頼まれるところから始まる物語で、家賃も払えずに困っていたので引き受けるが、さらに、その後輩の父親から蒼がかつて描いた女優の絵を捜してほしいと依頼される。多額の報酬に目がくらんでこちらも引き受けるものの、結果的に揉め事の渦中に足を踏み入れていく。
前作に引き続き、アロマサロンを経営する小吹蘭都(やくざの組長である父親を嫌って家出中)や、蘭都のガード役を買って出る組員のバロンなど、個性豊かな脇役たちが周囲をかため、女優の絵にひそむ謎を追いかける濱松蒼の探索行が始まるのである。
浜松を舞台にしているので、荘厳なラーメン屋みたいな雰囲気の気賀駅、なんて描写があるように、現地ネタをあちこちにちりばめているのがひたすら楽しい。
(早川書房 880円)