著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「海神の子」川越宗一著

公開日: 更新日:

 反清復明を掲げて戦った英雄、鄭成功については、長谷川伸著「国姓爺」をはじめ、これまで多くの小説で書かれてきた。ところが本書を読むと驚く。これまでの鄭成功と違うのだ。では、何が異なるのか。

 第1章ですぐに明らかになることなので、ここにも書いてしまうが、鄭成功の父と言われている鄭芝龍は存在しないのである。いや、正確に言えば、存在したのだが、仲間をだまして乗っ取ろうとしたので鄭成功の母が(つまりは鄭芝龍の妻だ)殺してしまう。だから鄭芝龍の名をかたって中国で海賊となっているのは、鄭成功の母なのである。本書はここから始まる物語だ。鄭芝龍についてはもうひとつ、重要なことがあるのだが、それはここに書かないでおく。気になる方は本書をお読みになって確認されたい。

 ここでは、鄭家の明暗を分ける海の戦いに出陣するとき、「私もお供させてください」と鄭成功が母に言うシーンを引いておきたい。鄭成功がまだ幼いころなので、幼名福松の時代だが、そこにこうある。

「母がいる戦さで死ぬ気がしなかった。もし死ぬときは、たぶん母も死んでいる。そんな世界にはいたくもないと思った」

 こういう濃い感情が随所で噴出するのも本書の特徴で、だから躍動感に富んでいる。川越宗一は「天地に燦たり」で松本清張賞を、2作目の「熱源」で直木賞を、それぞれ受賞して本書が3作目。全部が面白い。 (文藝春秋 1760円)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 2

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  3. 3

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  4. 4

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  5. 5

    大阪万博の「跡地利用」基本計画は“横文字てんこ盛り”で意味不明…それより赤字対策が先ちゃうか?

  1. 6

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  2. 7

    大谷「二刀流」あと1年での“強制終了”に現実味…圧巻パフォーマンスの代償、2年連続5度目の手術

  3. 8

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  4. 9

    野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…

  5. 10

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…