「海神の子」川越宗一著
反清復明を掲げて戦った英雄、鄭成功については、長谷川伸著「国姓爺」をはじめ、これまで多くの小説で書かれてきた。ところが本書を読むと驚く。これまでの鄭成功と違うのだ。では、何が異なるのか。
第1章ですぐに明らかになることなので、ここにも書いてしまうが、鄭成功の父と言われている鄭芝龍は存在しないのである。いや、正確に言えば、存在したのだが、仲間をだまして乗っ取ろうとしたので鄭成功の母が(つまりは鄭芝龍の妻だ)殺してしまう。だから鄭芝龍の名をかたって中国で海賊となっているのは、鄭成功の母なのである。本書はここから始まる物語だ。鄭芝龍についてはもうひとつ、重要なことがあるのだが、それはここに書かないでおく。気になる方は本書をお読みになって確認されたい。
ここでは、鄭家の明暗を分ける海の戦いに出陣するとき、「私もお供させてください」と鄭成功が母に言うシーンを引いておきたい。鄭成功がまだ幼いころなので、幼名福松の時代だが、そこにこうある。
「母がいる戦さで死ぬ気がしなかった。もし死ぬときは、たぶん母も死んでいる。そんな世界にはいたくもないと思った」
こういう濃い感情が随所で噴出するのも本書の特徴で、だから躍動感に富んでいる。川越宗一は「天地に燦たり」で松本清張賞を、2作目の「熱源」で直木賞を、それぞれ受賞して本書が3作目。全部が面白い。 (文藝春秋 1760円)