「蝶の眠る場所」水野梓著
これはミステリーだ。しかしそう言ってしまうと、なにか大事なものがこぼれてしまうような気がする。
その話の前に、この長編の内容を少しだけ紹介すると、20年前の殺人事件の犯人は(10年前に死刑が執行)、実は冤罪だったのではないか、とドキュメンタリー番組のディレクターが調べ始めるという話である。
だから、間違いなく本書はミステリーだ。しかしそれは、表層のストーリーにすぎない。問題はそれをどう描くかだ。ネタばらしになるので詳しくは書けないものの、復讐とは何か、贖罪とは何か、国家とは何か。さまざまなモチーフが複雑に絡み合っていること。
その強い芯がまずいい。次に、その間を縫うように、個性豊かな登場人物がリアルに動きまわり、色彩感豊かな物語を作っていること。主人公の美貴が左遷されて配属された地下2階のドキュメント班の面々(超個性的だ!)だけにとどまらず、わき役端役にいたるまで自由に呼吸しているのだ。そういう細部がいいから、この物語にどんどん引き込まれていくのである。つまり、デビュー作とは思えないほど全体が素晴らしいのだ。
では、こぼれるものとは何か。文章がなめらかであることに留意。しみ入るように体に溶け込んでくる。小説を読むことの喜びがここにある。個人的にはこれがいちばん大きい。この作者、ハードボイルドに向いているのではないか。そんなことを思ったりもする。 (ポプラ社 1980円)