「霞が関のリアル」NHK取材班/岩波書店
日本の若手エリートの質が悪くなっていることが、NHK取材班の意図とは異なる面で見えてくる。例えば、東大法学部から国家公務員試験総合職(区分は不明)にトップで合格した青年の話だ。
<官僚は最初の数年間は下積み時代っていうのがありますし、実際のいい仕事、意思決定に関われるのは8年目とか10年目の課長補佐以降だと聞いています。それまでの期間がもったいないですね。上の世代の人が下積みの重要性を言いたがるのは正直理解できません。むだに思える雑用に時間を費やしたくない。新卒という、ある意味社会の変化にいちばん敏感な時期の力を最初から最大限発揮していきたいし、そういう力を積極的に使っていこうという企業の中で成長したいんです。年功序列であったり、政治家の意見も聞きつつ空気を読んで判断しないといけないという霞が関の風土にも染まりたくない>
この青年は、記憶力も良く情報処理能力も高いのであろう。だからクイズ的でパズル的な思考能力に長けていればよい東大入試や国家公務員総合職試験には楽々合格したのであろう。もっともそういう能力に長けた者は霞が関に掃いて捨てるほどいる。国際的にも高度な専門知識、あるいはキャリア官僚として必要な知見と能力を身に付けるには、最低、10年くらいの下積み期間は必要だ。評者の経験で言えば、ロシア語を外交官としての実務をこなすことができるレベルになるには、2年の研修とは別に5年くらいの実務経験が必要だった。新卒で何も経験のない者が、国家の第一線で活躍できるという発想自体が間違っている。評者が外務官僚だった頃にもこういう勘違いをしているキャリア官僚が稀にいたが、いずれも自己評価は高いが能力がそれに伴わず、外交官として大成しなかった。
この青年は人事院から国家公務員総合職試験1位合格という通知書を用いて、コンサルタント会社か投資銀行のような年収の高い企業に入る道具にしようと考えているのだと思う。こういう志の低い者は、霞が関に来ない方がいい。
これで霞が関の現実がわかったと思っているNHK記者も甘い。
★(選者・佐藤優)
(2021年7月7日脱稿)