「我が産声を聞きに」白石一文著

公開日: 更新日:

 新型コロナウイルスが蔓延する2020年9月、名香子は夫・良治から一緒に行ってほしいところがあると言われた。着いたところは都立がんセンター。「肺がん」との診断を受け、帰りに立ち寄ったレストランで、良治はおもむろに名香子に切り出した。

「好きな人が出来たんだ。肺がんは彼女と治療する」「人生をやり直したい」

 立ち去っていく良治に渡された連絡先には、北千住の喫茶店と香月雛と女性の名前までが記されていた。名香子は逡巡したがすぐに訪ねはしなかった。若かりし頃、婚約寸前だった富太郎とのことを思い出したからだった。しかし、一人娘の真理恵に諭され、良治を訪ねるが、応対した雛に「今日が手術日」だと教えられ会えずじまい。後日、改めて訪ねる道中で名香子は自動車事故を起こしてしまう……。

 コロナ禍の中、ひょんな出来事から夫婦がズレていくさまを描いた家族小説。結婚22年目に突きつけられた「別れ」に呆然としながらも、名香子はかつての「もしもあのとき」を確かめに出掛ける。そこで知った事実は意外なものだった。

 自分の選択の結果と思われがちな人生が、不思議な縁で手繰り寄せられていることに改めて気づかされる。出会いも別れも、思わぬ方向に進んでいくリアルさが秀逸だ。 (講談社 1815円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高嶋ちさ子「暗号資産広告塔」報道ではがれ始めた”セレブ2世タレント”のメッキ

  2. 2

    フジテレビ「第三者委員会報告」に中居正広氏は戦々恐々か…相手女性との“同意の有無”は?

  3. 3

    大阪万博開幕まで2週間、パビリオン未完成で“見切り発車”へ…現場作業員が「絶対間に合わない」と断言

  4. 4

    兵庫県・斎藤元彦知事を追い詰めるTBS「報道特集」本気ジャーナリズムの真骨頂

  5. 5

    歌手・中孝介が銭湯で「やった」こと…不同意性行容疑で現行犯逮捕

  1. 6

    大友康平「HOUND DOG」45周年ライブで観客からヤジ! 同い年の仲良しサザン桑田佳祐と比較されがちなワケ

  2. 7

    冬ドラマを彩った女優たち…広瀬すず「別格の美しさ」、吉岡里帆「ほほ笑みの女優」、小芝風花「ジャポニズム女優」

  3. 8

    佐々木朗希の足を引っ張りかねない捕手問題…正妻スミスにはメジャー「ワーストクラス」の数字ずらり

  4. 9

    やなせたかし氏が「アンパンマン」で残した“遺産400億円”の行方

  5. 10

    別居から4年…宮沢りえが離婚発表「新たな気持ちで前進」