「京味物語」野地秩嘉著
東京・新橋の路地にあった京料理店<京味>。
「日本料理の最高峰」と称され、国内外の著名人が多く訪れた。皇族、裏千家家元、俳優や文化人、ジョン・レノン……。しかし、主人・西健一郎の態度は誰が来ても変わらなかった。
京都府亀岡市に育ち、17歳で料理屋へ見習いへ。雑用をしながら親方たちの技やコツを盗み、抜きんでて優れた舌の感覚を持つ西は20代で“真”(第一線に立つ料理人)になる。
29歳で新橋に店を構えたものの、当時はカウンター割烹を「止まり木」と嫌われ閑古鳥が鳴く日々が続いた。西の料理のファンだった客から口コミで広がり、軌道に乗ったのは開店から2年後のことだ。忙しくなっても西は神戸から鮮魚、京都から野菜を航空便で運ばせ、勉強と工夫を怠らない。季節感を大切にし、飾り立てをせず、調味料もダシの味も強すぎることはない。春のタケノコ豆腐、夏のハモ、秋のかぼちゃの甘煮……。「おいしいもんと珍しいもんは違う」が口癖だった。体調が悪そうな客には料理を小さく切り少量にし、市川海老蔵ら顧客に不幸があったと聞けば、手製の弁当を作り、自ら携えて行った。
2019年に亡くなった伝説の料理人の素顔と流儀に迫ったノンフィクション。
(光文社 1980円)