「EV(イブ)」高嶋哲夫氏
これまで「首都崩壊」や「首都感染」など予言の書とも評される数々の話題作を送り出してきた著者による最新刊。
世の中がコロナ禍で右往左往しているさなか、著者が見据えていたのは電気自動車だ。
「本当はもっと早く書きたかったくらいです。執筆のきっかけはやはり地球温暖化のニュースですね。温暖化の危惧は何年も前から言われていて、欧州では2035年にはガソリンエンジンの新車販売の禁止を発表しました。それに対し各国ではさまざまな対策が始まっています。日本では昨年10月に菅前総理がカーボンニュートラルの実現を宣言しましたが、国民も業界も意識としてはどうも薄い。このままではマズイという危機感が僕にはあります」
舞台は新型コロナウイルス感染が落ち着いた2年後の現代。深刻な地球温暖化を前に、欧米は2030年から新車は電気自動車しか販売を許可しない方針を発表した。これはガソリン車、ハイブリッド車の禁止を意味する。世界各国が電気自動車に舵を切っている中、自動車業界の裾野が広い日本ではなかなか改革は進まない。
経産省の自動車課に籍を置く若手官僚・瀬戸崎は、日本が完全に出遅れていることに焦っていた。そんな中、中国のEV化が早まりそうだとの情報が流れ、ようやく「電気自動車移行準備室」が立ち上がる。
「日本でも電気自動車に移行を、とは言っていますが、エンジンとモーターを組み合わせたハイブリッド車を環境対応車という形で残そうとしています。ところが小説にも書いたように欧州はハイブリッドの販売は認めていないわけですよ。国内で販売できても、あと10年もしたら欧米に輸出できなくなる。今はハイブリッドを認めている中国だっていつ方針を変更するか分かりません。日本の自動車産業には500万人が従事しており、その中でエンジン部門が消えるとなると、関連する部品工場など中小企業、ガソリンスタンドなども影響を受けます。新しい道を見つけていかないと、多くの失業者が出るのは明らかです」
■中国、アメリカ、日本の技術をめぐる攻防戦
瀬戸崎が中心となり議員や自動車関連会社の社員らと勉強会を始めるが、ハイブリッドにこだわる声は根強い。同じ頃、瀬戸崎の大学時代の恩師の蓄電池研究所に、中国企業関係者が見学に来たことがわかる。さらに、EVの先駆者であるステラ社のCEO・デビットソンが中国人と面会、銀座では素性の知れぬ日本人とも会っていた。物語はやがて中国、アメリカ、日本の思惑と技術をめぐる攻防戦の様相を帯びていく。本作に登場するメーカーや出来事、数字などは現社会がベースとなっているだけあって実にリアルだ。
「ハイブリッドって、本当に素晴らしい技術なんです。ぜひ残したいとトヨタが技術を無償提供したくらいですから、日本は捨てきれないんですね。けれど、どんなに効率がいいものができても、CO2を出しているというだけで批判されるのが世界の現状。実はエンジン車から電気自動車に替えても、ガソリンが出していたCO2が発電所からのCO2排出にプラスされるだけ、という矛盾もありますが、もう理屈じゃない。ある意味、これが世界の流れなんですね。先日のノーベル物理学賞で、気候科学が受賞したことに世界の“本気の表れ”を感じました」
デビットソンはなぜ日本と中国を頻繁に行き来するのか。町工場のエンジニアが持つ世界的特許の行方など、瀬戸崎が点と点を結んでいく物語は意外な真相へとつながっていく。特に中国の動きを探るくだりは圧巻。シミュレーションしたらこうなるしかない、と著者がいう緊張感ある筋書きに、読者は引き込まれていくだろう。
「カメラがフィルムからデジタルに変わったように、車も今が変革の時です。エンジン音は消えるかもしれませんが、車を超える車が出てくる楽しみもあります。ただ、今のままでは日本は取り残される。多くの人に現状を考えるきっかけにしてもらえたらと思います」
(角川春樹事務所 1870円)
▽たかしま・てつお 1949年、岡山県生まれ。慶応大大学院修士課程修了。日本原子力研究所研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。79年、日本原子力学会技術賞受賞。著書に「M8」「TSUNAMI 津波」「首都感染」「富士山噴火」「首都崩壊」など多数。