「万引き」伊東ゆう氏
「『万引』と『窃盗』を並べてみると、なぜか前者は軽微な犯罪で、未成年によるいたずら的なイメージすらありますが、万引は刑法第235条の『窃盗罪』にあたる立派な犯罪です。万引犯は世代も国籍すら問わず幅広く、昨今はコロナ不況の影響も受けてこれまで万引とは無縁だったであろう犯人と接する機会も増えています」
本書は、22年のキャリアを持つベテラン万引Gメンの著者だから知り得る、驚きの万引の手口と犯人像が明かされたルポ。捕捉した犯人の口から語られる万引の背景に、日本の社会が抱える闇も垣間見える。
「近頃目立つのが、飲食店の店主による万引です。東京近郊にある食品スーパーの警備に入ったときに捕捉した万引犯は、そのスーパーの店長も何度か飲みに行ったことがあるという、近所の居酒屋の店主でした」
著者がスーパーの店内を巡回していると、ある男が店のカゴとは別に大きく口の開いたトートバッグを持っており、鮮魚コーナーでマグロやスモークサーモン、タイなどを手に取り、死角の通路に持ち込んではバッグに押し込んでいる様子を確認した。店を出たところで声をかけると、最初はシラを切っていたものの、レシートの確認を求めると観念し、バックヤードの事務所へと連行となった。
「犯人とスーパーの店長は顔見知りだったこともあり、最初のうちは何かの間違いではと私を疑っていました。しかしバッグに入っていた商品と店の精算履歴を店長に確認してもらうと、当然ながら同一商品群の履歴はありません。また、バッグの中からはそのスーパーの商品ではない、和牛肉や生きアワビなどの高級食材も出てきた。近隣の店舗でも万引を行っていたわけです」
あきれ顔の店長が「こんなにたくさんどうするのか」と尋ねると、コロナで客足が途絶え経営が立ち行かなくなっていると話したという。財布には3万円ほど入っているものの、電気代に充てなければ今日にも止められてしまうため、店の食材の仕入れを万引に頼っていたのだ。警察官に連れられて店を出る居酒屋店主の背中を見送りながら店長がつぶやいた、「ウチで盗まれたモノに金を出して飲み食いしていたかもしれないなぁ」という言葉がやるせない。
■ネット販売の普及で“売れ筋”狙いが増加
また本書では、社会の仕組みの変化がもたらした新たな万引も明かされている。
例えば、“レジ袋”の万引だ。
わずか1枚3円や5円の袋だが、店に設置された新品のレジ袋を取って死角の通路でクシャクシャに丸め、さも自宅から持ってきたように見せかける。これも立派な万引だ。
セルフレジを利用し、いくつかの商品をスキャンせずに袋に詰めてしまう万引も増加しているという。
「コロナ不況で少しでも節約したいという気持ちが強くなり、つい万引に走ってしまうという側面もあると思います。また、ネットオークションやフリマアプリでの取引が容易になったことで、“売れ筋”の商品が万引の対象となるケースも増えています」
映画さながらの万引家族や、色仕掛けで情けを乞う女万引犯、そして小銭さえも持たない若年貧困層の万引など、実にさまざまな万引現場のリアルが見えてくる。
「やろうと思えば誰にでもすぐにできてしまう身近な犯罪だからこそ、決して許してはならない」と著者は言う。
「2010年から、警視庁は万引事案の全件通報を通達しているし、その罰則は10年以下の懲役または50万円以下の罰金と定められています。そして、配偶者や年老いた親が犯人を引き取りに来たときの現場の情けなさや、やるせなさといったら……。“軽微な犯罪”などでは済まされないことを知ってほしいですね」
(青弓社 1760円)
▽いとう・ゆう
1971年、東京都生まれ。万引対策専門家、万引Gメン。1999年から5000人以上の万引犯を捕捉してきた現役保安員。大学や警察、自治体での「万引させない環境づくり」講演も多数。著書に「万引きGメンは見た!」「万引き老人―『貧困』と『孤独』が支配する絶望老後」がある。