「SDGsがひらくビジネス新時代」竹下隆一郎氏
SDGsが急速に広まり、声高に叫ばれるようになってきた。「働きがいも 経済成長も」「つくる責任 つかう責任」など17の目標からなるSDGsが国連で採択されたのは2015年。当時はどこか絵に描いた餅のようだったが、今や世界中で巨大なうねりとなり、取り組む企業が急増している。
「かつて企業は株主や経営者のものであり、企業を動かすのはそうした関係者でした。ところが今は、みんなのものになったと思います。このみんなという範囲が広いことがSNS社会ならではの特徴で、一個人である“みんな”が企業を動かす時代でもあるんです。たとえば、飲食店で客が嫌な思いをしたらSNSで発信し、それに対して誰もが意見を述べることができます。それと同じで、SDGsに関心を向ける個人がSNSを使って企業にモノ申すようになってきたんですね」
■個人的な思いが社会を動かす時代に
企業側もしかり。マーケティング調査や街頭インタビューなどで数万単位の顧客データを集めてきたが、今では企業自らが自分の評判をSNSで検索したり、超ビッグデータを集めている。現代はSNSが象徴する社会なのだ。
本書は、SDGsとSNSの関係を考察しながら今後のビジネスがどこへ向かおうとしているのか探る一冊。その鍵となるのが「個人の声」だと著者は言う。
「私は、声を上げる人たちをSDGs市民と呼んでいます。企業に視線を向ける株主や投資家、従業員、消費者、海外のSNSユーザーなどの人ですね。1年ほど前、ある日本人の23歳の大学院生が、三菱商事が関わるベトナムでの石炭火力発電所の計画についてツイッターで疑問を投げかけたことがありました。1週間後にはツイッターを見た賛同者らと同社に対して公開質問状を送付。同時に、noteでその経緯を説明し、回答が来たら知らせると載せた。実際9日後、同社から正式に回答が届いたんです。声を無視できなかったんですね」
本来、同社のビジネス相手は企業であり個人消費者ではないが、どんな企業も最後は市民に行き着く。SNSにより「個人的な思い」が「みんなの思い」となり、社会を動かしていった一例だ。
本書では他にも「個人の声」が企業を動かした例を多く紹介している。
スポーツ用品ブランドのナイキは、1990年代、東南アジアの工場で児童労働や長時間労働が発覚し、世界中で不買運動が起こった。これを教訓にした同社は、現在、中国の新疆ウイグル自治区で起こっている強制労働と生産品の綿花の問題に対して懸念を示し、踏み込んだ態度を示している。また大手アパレルメーカーのH&Mは、同自治区の人権状況に触れ、現地の綿花は使わないと宣言した。
一方、日本のユニクロや無印良品なども同地区の綿花を扱っているが、明確な態度を示せていない。西側諸国は人権を踏みにじる行為に対して、消費者の視線は極めて厳しい。H&Mは中国国内で不買運動が起こったが、欧米社会では支持されている。
「かつて社会問題などへの取り組みは、企業の利益と相反するという風潮がありました。ところが現在は、環境問題など社会に与える影響を考慮した方が利益につながるという考えが、グローバル企業や機関投資家にも浸透しつつあります。また以前の企業は儲かってから働きがいを考えるというものでしたが、今は違います。最初から利益と働きがいは同時に存在していて、ビジネスもSDGsも両立させるべきものと考える人が増えています」
従来、日本は第1次、2次産業が中心だったが、現在はサービス業など第3次産業が約7割。心をつかみ訴えかける、見えるものの時代から見えないものの時代へと移行している今、SDGsやSNSがビジネスの方向性をも変えていく流れであることを肝に銘じておきたい。
(筑摩書房 946円)
▽たけした・りゅういちろう 1979年生まれ。慶応義塾大学卒業。朝日新聞経済部記者、スタンフォード大学客員研究員を経て、「ハフィントンポスト日本版」編集長を務める。21年に、他メディア編集長経験者らと経済コンテンツサービスを展開する「PIVOT」を創業。TBS系「サンデーモーニング」コメンテーター、世界経済フォーラム・メディアリーダー。