「アーバン・ベア」佐藤喜和氏
近年、全国で市街地に出没するクマが問題になっている。6月に、札幌市の中心部でヒグマが住民4人を襲う事件が発生し、TVやネットで流れた襲われる瞬間の映像を記憶している人も多いだろう。2000年代以降、年々、クマが人の生活圏に入り込むニュースが目立つようになってきた。
「生まれて、やがて親離れするというのは、ヒグマも他の哺乳類と同じです。ヒグマは親元から離れ新しい場所を求めるとき、山奥に向かって分散していく個体が多いのですが、ごくまれに何頭かの個体が市街地、人里側に出てきてしまう特徴を持っています。なぜそのような行動を取るのかはまだよくわかっていません。しかし、この個体は1回だけ人里にやってくるのではなく、それまでもあちこちで出現し、最終的に大きく侵入してしまうのです」
本書は、著者が30年にわたる研究活動のもと、ヒグマの生態と市街地に出没する背景を取り上げ、今なにが起きているかを考察し、ヒグマの対処方法や共存を提言する一冊だ。
「母親から離れた若グマはオスとメスとで異なる行動パターンを示します。若メスは母親の近くに行動圏を構え、若オスは出生地を離れて遠く離れた場所まで移動する傾向にあります。ヒグマの繁殖においてオスの果たす役割は交尾のみで、劣位なオスは子を残せない。そのため、好奇心旺盛な独立した若オスは、繁殖に参加する時期になる前に、競争相手の少ない場所を求めて広い範囲に分散し、市街地に出没することがあります」
春から初夏にかけて、2歳から4歳が最も分散しやすい年齢とされる。またオスの繁殖相手にならない子連れのメスも、力の強い優位なオスグマを避けて市街地に現れやすいという。6月に札幌市内で住民を襲ったヒグマは、4歳のオスグマだった。
■緑のラインづくりの都市計画も一因
著者は市街地に出没するクマを「アーバン・ベア」と呼ぶ。札幌市内に出現したヒグマの生息地は、もともと10キロ離れた山の中。本書はアーバン・ベアとなってしまった背景に都市計画の盲点を指摘する。
「都市計画の中で緑豊かな街づくりを国が進めていますが、その結果、森や河畔林と市街地や大きな公園などがつながった景観=緑のラインが都心にできています。そのような緑のラインはヒグマからすれば都市中心部への移動をたやすくするため、森から遠く離れている街中に、ある日突然出てきてしまうのです」
札幌市でも1980年代から市街地を囲むような緑地化を進めてきた。それは小鳥やリスなどの小動物があふれる賑わいのある街づくりに貢献したが、同時にヒグマなどの野生動物が市街地に出現しやすくなる環境にもなってしまったのだ。
果たして、アーバン・ベアは排除すべきか、否か。著者は人間が行動を変えることで共生することが可能だという。
「初夏に市街地に現れるヒグマは、新しい生息地を求めて移動しており、たまたま人を避け移動した結果、人の近くに出てきてしまったにすぎません。しかし、8~9月に出現するクマは、山に食物が少なくなり、郊外にある畑や果樹園までやってくるため被害が出ます。これに対しては畑に電気柵を張るなど、侵入防止対策が必要でしょう」
市街地に侵入してしまったクマの駆除はある程度やむを得ない。しかし対症療法だけでなく、クマが市街地に入りにくい対策を取るべき、と本書。
「鳥獣に関わる知識を持ち、地域の人とコミュニケーションを取れる専門人材を育成・確保し、適所に配置することが重要です。クマの行動は進化の過程歴で獲得されたもので、人の都合で変えようがない。人がクマの出没の特徴を知り、その上で、行動を変え対策を行っていくことが、ヒグマと向き合いながら良好な関係を築いていくことにつながるのではないでしょうか」
(東京大学出版会 4400円)
▽さとう・よしかず 1971年、東京生まれ。北海道大学農学部卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。北海道大学低温科学研究所、日本学術振興会特別研究員、日本大学生物資源科学部准教授などを経て、現在、酪農学園大学農食環境学群環境共生学類教授、博士。