「遊廓と日本人」田中優子氏

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 12月5日にテレビの人気アニメ「鬼滅の刃」の第2期「遊郭編」が始まり、吉原遊廓が舞台になる。子供に「遊廓ってなあに」と聞かれたら、どう説明するか。娼婦の集まった場所? 文化を生んだ所? 今で言う風俗? どれもしっくりこないだろう。的確な説明ができるよう導いてくれるのが本書だ。

「遊女の歴史は古代にさかのぼりますが、公設の遊廓の歴史は1585年に大坂・島之内(現・大阪市中央区)からです。遊廓と芝居町は『悪所』と言われますよね。これを今の感覚で『悪い所』と捉えるのは間違いで、江戸時代に『悪』という語は、エネルギーがあるという良い意味にも使われ、男の子に悪太郎の名をつけるほどでした。遊廓や芝居町はエネルギーが激しい所という意味で、悪所と言われたんです」

 最初の吉原遊廓は、幕府公認で1617年、日本橋人形町にできた。幕府公認というのがミソだ。もともと遊女は芸能者でもあった。遊女が演じる女かぶきが大人気となり、人形町に劇場ができ、熱狂する人たちが押し寄せる。派手な身なりをして、常道を逸した行動に走る“かぶき者”たちだ。そこで、喧騒が起きて秩序が乱れることを恐れた江戸幕府は、女かぶきを禁止し、彼女たちをひと所に集めることにした。折も折、町人が申し出ていた、公認の傾城町(遊女の町)を設けたいとの計画に許可を与えた。吉原遊廓は江戸時代のそうした流れの中で誕生した。

「年代を追うと、遊廓の成立と芝居町の成立が、いわゆる鎖国や参勤交代の時期と重なり合います。遊廓の設置は、幕府が江戸時代に社会をつくり上げていくガバナンス(統治政策)の1つだったんですね。公認遊廓には2つの側面がありました。1つは、客層の幅広さから武家文化と公家文化の両方が集中した場所だったことです。書、和歌、俳諧、三味線、琴、唄、踊り、生け花、茶の湯、有職故実、年中行事の実施などがそれです。しかし他方で、家族の『前借金』のカタとして遊廓に投げ込まれた遊女らが、体を拘束されて働かされる場所だったわけです」

■前借金の仕組みで成り立った

 客の金の多くが妓楼に支払われ、借金は簡単にはなくならない。性病対策もない中、望まない相手との性労働が何より苦痛だったはずだ。中には乱暴な客もいて、病と暴力の危険もあった。前借金の仕組みは、自分の意思で選びたくない仕事に女性たちを就かせるために使われ、彼女たちを借金の抵当や担保と位置づけていたのだ。

「なぜその方法によってしか遊廓が成り立たなかったのか。二度と造られてはならない場所ですが、明治以降に海外にまで延伸され、遊廓経営は植民地でも行われました。それは単に経済の問題としてではなく、ジェンダーの問題として考えなくてはなりません。1958年に売春防止法が施行されて63年になる2021年時点で、ジェンダー差別が依然として存在するのはご承知の通りです。遊廓の問題は現代の女性と男性の賃金格差、就労の格差、地位の格差問題につながっています」

 最後に、子供からの「遊廓ってなあに」の質問には、何と答えれば良いかについて、著者は言う。

「家族が借金してしまったために、働かなければならない女性がいるところ。その女性たちは、男性に対して性的サービスを義務づけられていた。しかし一方で、女性たちは高い教養や文化を身につけ、自分自身の魅力にしていた。全体の仕組みは幕府公認だった、と答えてください」

 本書には他にも江戸の男のダンディズム、遊廓での四季の行事、遊女らの普段の暮らしぶりなど、読みどころたっぷりだ。

(講談社 880円)

▽たなか・ゆうこ 1952年生まれ。法政大学社会学部長を経て、同大学総長(2021年退任)。専門は日本近世文学、江戸文化、アジア比較文化。2005年、紫綬褒章受章。「江戸の想像力 18世紀のメディアと表徴」「江戸百夢 近世図像学の楽しみ」、「日本問答」「江戸問答」(ともに松岡正剛と共著)など著書多数。

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