「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」 中村圭子、中川春香著
世界的にも評価が高く、何度もノーベル文学賞の候補に名前があがった文豪・谷崎潤一郎は、着物へのこだわりが強い作家でもあった。作中に登場する人物たちの衣装にも心を配り、キャラクター表現の一端を担わせた。
波瀾万丈の人生を送った谷崎の作品には、実際の出来事が反映され、主要な登場人物は実在の人物をモデルにして造形されている。
本書は、谷崎の生涯を描いた小説「探美の夜」(中河與一著)に添えられた挿絵(田代光画)を用いて、その人生をたどりながら、モデルとなった人物たちと彼らが身に着けた着物や装飾品を紹介するビジュアル文学ガイド。
まずは、最初の妻・千代の姉である初と谷崎の関係にスポットライトを当てる。
当初、谷崎は元芸者で料理屋を営んでいた初との結婚を望んでいたが、彼女に夫がいたためあきらめ、その妹の千代と結婚した。
初の悪女めいた妖しい魅力に引かれていた谷崎は、妹なら似ていると思って結婚したが、千代(写真①)は正反対の良妻賢母タイプで落胆したという。
谷崎の初期作品には悪女型のヒロインが多く登場する。そのモデルとなったのが初のような「粋筋」の女性たちだ。「お才と巳之介」などのそうした若き日の作品のあらすじも挿絵とともに紹介。
さらに、「神童」(写真②)や「白昼鬼語」などの作品の描写からイメージした登場人物たちの装いをアンティーク着物で再現する。
露芝と舞い飛ぶホタルをあしらった単衣に野ざらしのドクロを描いた帯、ドクロと墓地をデザインした半襟に蛇の帯留めなど、言葉で書くとおどろおどろしい装いなのだが、初のような女性なら、自らの魅力をさらに際立たせるように見事に着こなすに違いない。
千代に不満を抱く谷崎は、やがて同居していた千代の妹のせいのとりこになる。せいは小悪魔的な美少女だった。
谷崎からないがしろにされ、暴力まで振るわれるようになった千代は、相談相手だった夫の文学仲間の佐藤春夫と次第に心を通わせ、すったもんだの末に谷崎と離婚し、佐藤と再婚する。
谷崎はせいとの結婚を望んでいたが、せいにとっては16歳も年上の谷崎は恋愛の対象にはならなかったようだ。
その後、谷崎は松子と3度目の結婚をする。千代との離婚前から松子には引かれていたが、当時彼女は人妻で、谷崎は諦めて記者だった丁未子と再婚。しかし、松子の婚家が没落し、夫の浮気に悩まされていた松子は谷崎と急接近する。
せいがモデルとなった「痴人の愛」のヒロイン・ナオミをイメージしたアバンギャルドな装い(写真③)、松子とその姉妹がモデルとなった「細雪」に登場する女性たちをイメージした上品で季節感あふれる装いなど(写真④)。きっと小説を読みながら本書を手にしたら、さらに楽しくなるに違いない。
さらに、千代をはじめ、松子や谷崎、佐藤が実際に着用していた着物や愛用品も紹介され、豊潤な谷崎ワールドの世界に誘う格好の手引書。
東京の弥生美術館では同名の展覧会も開催中(2022年1月23日まで)だ。
(東京美術 2530円)