「『トランプ信者』潜入一年」横田増生氏
アマゾンやユニクロへの潜入取材を行ってきた著者。本書で潜入先に選んだのは、当時のトランプ大統領が2期目を目指して戦う大統領選挙だった。
「以前からアメリカ大統領選挙を取材したいと考えていましたが、今回実現に至ったのはひとえに“トランプが見たい”という強い思いからでした。いったい彼はどういう人物なのか、彼を支持するのはどんな人々なのかを知りたかったんです」
渡米したのは2019年12月。本書にはおよそ1年にわたりトランプ陣営に潜入し、ついには民主主義のアメリカで起きたワシントンDCの連邦議会襲撃という事態を目の当たりにするまでがつづられている。
まずはミシガン州でアパートを借り、大統領選ボランティアとして登録するため20年1月に共和党の事務所を訪ねた。渡米から1カ月も経過していたのは、身分証明書となる現地の運転免許証を取得していたからだ。
「私のパスポートにはジャーナリストビザが貼られており、身分を知られると相手に壁ができてしまう。取材対象の懐深く飛び込んで選挙に関する表も裏も知るには、一般のボランティアとして登録される必要がありました」
結局、免許証の提示どころかアメリカでの選挙権の有無すら確認されないという拍子抜けの事態を経て、共和党ボランティアとしてトランプ支持を呼び掛ける戸別訪問が始まる。初日に訪ねた家は熱烈なトランプ支持者だった。椅子を勧められ、“トランプ 2020 アメリカを偉大なままに!”と刺しゅうされた赤い帽子までプレゼントされている。一方で、反トランプ派の家を訪ねた際には、彼がいかにひどい政治家であるかを懇々と諭されたという。
「反トランプ派には中指を立てられたこともありました。このサインは日本人が考えるよりも深刻なもの。ジャーナリストとして訪ねたのではこれほど生々しい“本音”はぶつけられなかったでしょうから、潜入してよかったと思いましたね」
支援者集会にも潜入した。参加者へのインタビューには「大統領の言うことはいつも筋が通っている」「必ず約束を守る」など賛美の言葉が並ぶ。そしてついにトランプの登場である。およそ1時間半の演説の間、原稿を読むこともなくよどみなく紡ぎ出される言葉で聴衆の心をわし掴みする。まさにエンターテイナーだと本書。
「集会の翌日にはワシントン・ポストなどがトランプ発言の事実確認(ファクトチェック)記事を出します。彼の演説のどこがウソや事実誤認であるかが明らかにされていき、トランプ政権発足からの累計は1万6000回というから驚くべき数字です」
■信者にとって「トランプのツイッター」こそが事実の基準
トランプとウソは不可分だが、トランプ支持者たちは事実確認こそがファクトニュースだと言い、トランプのツイッターが事実の基準だと叫び陰謀論も飛び交う。命に関わるコロナへの対応の拙さでトランプ離れも起きるが、選挙後も負けを認めない支持者たちがやがて“信者”となって暴走し、ついに起きてしまったのが連邦議会襲撃だ。
「多数派ではなくなりつつある白人の危機感やキリスト教などの背景からくる熱狂や分断は、日本人には理解しにくいかもしれません。しかしコロナ以降、日本でもマスクやワクチンの必要性に関して極論が飛び交うようになり、民主主義の基本である話し合いや歩み寄りがおろそかにされています。民主主義の崩壊は対岸の火事ではありません」
再来年、トランプはみたび大統領選に立候補するとみられている。民主主義の危機が一層高まりそうだ。
(小学館 2200円)
▽よこた・ますお 1965年、福岡県生まれ。関西学院大学卒業。アメリカ・アイオワ大学ジャーナリズム学科で修士号を取得。物流業界紙「輸送経済」の編集長を経て99年からフリーランス。2020年「潜入ルポ amazon帝国」で第19回新潮ドキュメント賞を受賞。著書に「仁義なき宅配」「ユニクロ潜入一年」などがある。