「深い疵」ネレ・ノイハウス著、酒寄進一訳
ドイツの警察小説は、その歴史によって英米の警察小説とはひと味違っている。ヒトラー政権下では保安警察の警察官はすべて親衛隊員(SS)になることが義務付けられ、敗戦後には東西に分裂し、東はソ連の警察組織に準じ、西ではアメリカのFBIに相当する連邦刑事局が創設された。さらに統一後は、東西警察の統合が必要となるという複雑な経緯をたどっており、どの時代、どの地域に設定するかによって背景が異なるのだ。本書は、現代ドイツを舞台にした人気警察小説。
【あらすじ】2007年春、ドイツ中西部に位置するタウヌス地方のホーフハイム刑事警察署のオリヴァー・フォン・ボーデンシュタイン首席警部のもとに殺人事件の報が入った。被害者はアメリカ大統領顧問を務めた著名なユダヤ人、ゴルトベルク。第2次大戦時に使用されていた拳銃で後頭部を撃ち抜かれ、鏡には16145という血文字が書かれていた。
司法解剖すると、左腕に親衛隊員の入れ墨があることが判明。アウシュビッツ収容所から生き延びたはずのゴルトベルクなのにこれは一体どういうことなのか。さらに第2、第3の殺人事件が発生し、事件は混迷を深めていく。
オリヴァーは部下のピア警部と共に、この事件には、この地方で絶大な力を有するカルテンゼー家が深く関わっていることを突き止める。オリヴァーとピアは一家の堅いガードをかいくぐりながら粘り強く捜査を進めていくのだが、そこに浮かび上がったのは、思いもよらぬ驚愕の過去だった。
【読みどころ】ユダヤ人問題とナチスの亡霊というドイツならではの題材をスリリングに描いた傑作。「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの日本初登場作。シリーズ既刊は全9作。 <石>
(東京創元社 1320円)