「アートからたどる悪魔学歴史大全」 エド・サイモン著  加藤輝美、野村真依子訳

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 5年前、森友学園問題で追及された当時の安倍首相は「ないものを証明するのは『悪魔の証明』」だと強弁して、説明を拒んだ。

 本当に悪魔はいないのだろうか。古代から現代まで、多くの悪魔、そして悪魔的なモノの存在が語られ、人々を恐れさせてきた。そして芸術や学問など、多くの領域において悪魔的なものの影響が見て取れるというのに。

 本書は、人類は悪魔や悪魔的なものをどのように想像してきたのか、そしてその結果としてどのような作品が生みだされてきたのか──そんな人類と悪魔との関係を多くの絵画や写真などの視覚資料とともにたどるビジュアルテキスト。

 中近東の各地で掘り出された遺物の中に「呪文の鉢」(写真①)と呼ばれる古代の土器がある。

 鉢の縁から中心部に向かって螺旋を描くようにペルシャ語から派生したアラム語をはじめ、さまざまな言語で文字が書かれ、鉢の底には怪物のような異質な生き物が描かれている。

 これらの器は、悪魔を封じ込めるための道具だったという。大英博物館所蔵の呪文の鉢の底に描かれているのはアシュメダイと呼ばれる悪魔の王だ。

 人々は、悪魔にさまざまな名前を付けるが、それらは突き詰めると、「雷雨や寂しい林に潜むおどろおどろしい精霊、恨みを抱いた死者の霊、病をもたらす者、魂をもつ暴力的な精霊」など、人生に立ちはだかる邪悪なものの存在だ。

 呪文の鉢は、当時の人々が悪魔に対してどれほどの恐怖を抱いていたかを物語っている。そして、それらの邪悪な生き物が、「実在」したかどうかにかかわらず、古代の人々が悪魔に悩まされていたことを表している。

 やがて登場したキリスト教は、ギリシャやローマの古い神々を悪魔に仕立て直し、世界中に布教が進むにつれ、中近東や中央アジア、そして北欧やケルトの神々まで悪魔として再定義していったという。

 そうした古代の悪魔にはじまり、時代ごとの人々の悪魔観をたどっていく。

 紀元前2000年ごろにイラクで作られたといわれる鳥の脚をもつ美しい女の悪魔リリスのレリーフや、パリのルーブル美術館所蔵の紀元前1000年代初期に作られた風を操るアッシリアの悪魔パズズのブロンズ像(写真②)をはじめ、13世紀のベネディクト派の修道僧が描いたとされる「ギガス写本」(写真③)に描かれる地獄のサタン、そして悪魔をテーマにしたロマン・ポランスキー監督の映画「ローズマリーの赤ちゃん」などの現代作品までジャンルを超えて網羅。

 著者は「悪魔の表現方法の歴史は人間の文化が世界を理解しようと試みてきた歴史でもある」という。そして1年前のアメリカ国会議事堂襲撃事件を念頭に、歴史学者のスコット・プールの言葉を引用し「悪魔の最大の策略は、悪魔が存在しないと思わせることではなかった。そうではなく、悪魔は敵のなかに住まうこと、悪魔は周りにいること、どんな犠牲を払ってでも、付随する損害がいかに大きくても悪魔を破滅させなくてはならないことを確信させることだった」と記す。

 そう、やはり悪魔は本当にいるのだ。自身、そして隣人の心の片隅に。

(原書房 4950円)

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