物語映画の可能性を切り開いた女性の生涯
「映画はアリスから始まった」
昨年から今年にかけて女優・田中絹代の監督作品が各地で特集上映され、「忘れられた映画作家の発見」と話題になった。今週末封切りの「映画はアリスから始まった」はそんな“ジェンダー映画史”の系譜の最初のひとりをめぐるドキュメンタリーだ。
19世紀末、米仏で開発された映画術はリュミエール兄弟が暗い部屋の壁に映像を投影する映写方式を開発し、現在の映画の形式が定着した。そこに事業家として深く関わったのが現存する最古の映画会社を起こしたレオン・ゴーモンである。
彼は映画機材の宣伝に短編記録映画の製作を思いつく。すると秘書の女性が寸劇を映画にしてはいかがでしょう、私にやらせていただけませんかと申し出たという。それが本作の主人公アリス・ギイ。裕福なブルジョワの娘ながら父の破産と死で母を養うことになり、速記術を覚えてゴーモンの秘書になっていた。
当時は映画の演出も撮影術も先例のない時代。しかし、好奇心豊かな彼女はクローズアップや逆回転映像などカメラならではの技法を編み出し、誰にも教わらずに物語映画の可能性を切り開いてゆく。しかし、女性だったことと、長いアメリカ暮らしで仏映画界に縁薄くなったことで、次第に忘れられたのである。
彼女の生涯については、映画作りの楽しさを「澄み切った新鮮な水をたたえた泉」で喉の渇きを癒やすようだった、と書いた自伝「私は銀幕のアリス」(パンドラ 3850円)が20年前に訳されている。
むしろ本作のもうひとつの機軸は、埋もれた先人の業績を掘り起こす映画アーキビスト(記録管理士)たちの並々ならぬ意欲のほどだろう。岡田秀則著「映画という《物体X》──フィルム・アーカイブの眼で見た映画」(立東舎 1980円)は、一転、日本の厳しい環境で奮闘するアーキビストのエッセー集である。 <生井英考>