反戦帰還兵の夫の死からベトナム戦争の傷痕を探る旅に
今年はベトナム戦争で米軍が正規地上部隊の撤退を始めてからまる50年になる。
撤退完了は翌年、戦争自体はさらに2年続くから、終戦でも停戦でもない。だが、これを機に世論の関心は戦争から急速に離れ、日本ではベ平連までが解散した。
ベ平連は正式名を「ベトナムに平和を! 市民連合」という市民運動だ。それなのに現地で戦争が続く中で解散とは……。当時高校生だった筆者には釈然としない話だった。
そんな話をはからずも想起したのが今月20日に都内封切りのドキュメンタリー「失われた時の中で」である。
坂田雅子監督の夫グレッグ・デイビスは高校卒業後すぐ米陸軍に入隊したベトナム帰還兵。しかし戦地での惨憺たる経験から反戦帰還兵となり、放浪して京都にたどりついた際に京大生だった坂田氏と出会う。その後、フリーカメラマンとしてアジア取材を重ねたが、54歳の若さで病没。死因が肝臓がんだったことから、戦時中の枯れ葉剤作戦の影響を疑った坂田氏は、みずからベトナム戦争の傷痕を探る旅に出たのだという。
この経緯は坂田雅子著「花はどこへいった」(トランスビュー 1980円)にくわしいが、最初の取材から8年を経た本作では、生来の障害を負った子が元気に成長した姿を見せる一方、介護なしで生きられない子を抱えたまま老いてゆく親たちの不安にも率直で真摯な目が向けられる。
目を伏せたくなるほど重い障害が、かくも尊厳と節度の目で捉えられたことに心が震える。水俣におけるユージン・スミスのドラマ性とは違う、日々の辛抱への地道な共感が本作の要なのだ。
なお本作の英語題名は以前邦訳されたマイラ・マクファーソンの「ロング・タイム・パッシング」(地湧社 版元品切れ)と同題。ベトナム帰還兵と米国社会の葛藤を追うノンフィクションだった。
<生井英考>