「ヤバい神 不都合な記事による旧約聖書入門」トーマス・レーマー著 白田浩一訳
「ヤバい神」というと、怪しげな新興宗教を思い浮かべるかもしれないが、ここで論じられるのは旧約聖書に描かれる「怒りっぽく、嫉妬深い」神のことだ。紀元前に成立した旧約聖書には、今日の目から見ると、女性蔑視、性差別、人権侵害、民族浄化といった「政治的に正しくない」言説が散見される。事実、奴隷制度やアパルトヘイト、死刑や女性抑圧を正当化し、妊娠中絶や性的少数者を断罪するために聖書が用いられる場合がある。
では、旧約聖書はもはや時代遅れで読むに値しないのか。旧約聖書(ヘブライ語聖書)学の第一人者である著者は、そうした「ヤバい」記述を、現代的な視点からあげつらうのではなく、護教論的に擁護するのでもなく、歴史的分析、比較、解釈を通じて読み解いていく。
旧約聖書では神=ヤハウェの顔は多種多様で、恵み深い神であると同時に怒る神でもある。有名なアブラハムに対して自らの息子を捧げるように残忍な命令を下したりもする。一方で人身御供を禁じる神の言葉もある。これは神の自己矛盾ではないのか。
神が弟のアベルの供え物だけを受け、自分のものを拒否されたカインが絶望に駆られてアベルを殺す──人類最初の殺人とされるカインとアベルの物語だが、この殺人の原因をつくったのは神自身ではないのか。なぜ神はヨブにあれほど過酷な苦難を強いたのか……。そもそも「神は男性なのか」という根源的な問いを発しながら、著者は幅広い知見と諸説を引きながら、極めて多面的でなかなか正体をつかませないこの「ヤバい神」の姿に迫っていく。
たしかに、ここで紹介される旧約の神にはヤバい面もあるが、それはとりもなおさず我々人間の中にあるものだろう。なにしろ「神は人を自分のかたちに創造された」のだから。であればこそ、人類の知的遺産として旧約聖書は読み継いでいかなければならない。 <狸>
(新教出版社 2420円)